電話応対でCS向上事例

-指導者級資格保持者のための品質向上研究会レポート-
感情労働の現場で“燃え尽きない”ようにするためにコミュニケーションの「正しさ」とは

記事ID:C20078

2024年1月12日(金)、電話応対技能検定(もしもし検定)の指導者級資格保持者(第1期生~第32期生)を対象とした「品質向上研究会」が開催されました。今回は、元大阪大学教授で一般社団法人 哲学相談おんころ代表理事の中岡 成文氏による講演「コミュニケーションの『正しさ』とは」についてレポートします。

感情のコントロールが求められる第三の労働「感情労働」

講師 一般社団法人 哲学相談おんころ
代表理事 中岡 成文氏

 2024年初となる研究会は、オンライン(Zoom Meeting)で開催されました。専門委員会稲葉委員長の講話に続き、一般社団法人 哲学相談おんころ代表理事、中岡成文氏が講演・ワークショップを行いました。中岡氏は大阪大学で臨床哲学という新しい分野を開拓する中で、看護師や教師の職場のコミュニケーションについて長年研究を重ねてきました。2016年からは、がんや難病の患者、ご家族と哲学者を交えて身近なテーマについて語り合い対話をする場「おんころカフェ」の活動を行っています。
 講演は大きく二部に分かれており、前半のテーマは「感情労働」でした。冒頭、中岡氏は看護大学の事例検討会で紹介された、困った患者さんについて話します。「看護師に物を投げつける、医者に暴言を吐く、同室の患者に『いびきがうるさいから、寝るな』と無茶な要求をする。そのような患者さんがいたそうです。看護師たちは困りながらも、患者さんに共感しなければならない、ケアしなくてはならないと考え、相手からのハラスメントをはね返すことはできませんでした」
 看護師をはじめ、旅客機の客室乗務員、飲食業や小売業の店員、そしてコールセンターのオペレーターなど、業務において顧客との接触や会話が伴い、それによって感情のコントロールが求められる業務を「感情労働」と言います。感情労働は、米国の社会学者、アーリー・ラッセル・ホックシールド氏が提唱した労働の概念であり、肉体労働、頭脳労働に続く第三の労働とされています。中岡氏は、「感情労働には演技が必須です。感情を押し殺して表情を取り繕う『表層演技』ではなく、本来の感情自体から変える『深層演技』ができるようになることがポイントです」と話します。しかし「感情労働者が本心とのギャップに気づき、それが不正直なのではと感じてしまう場合、自分を非難してしまうこともある」と注意を促します(資料1参照)

資料 1:深いところまで演技する

自分と顧客の境界を保つメンタルが重要

 中岡氏は、感情労働者が自分を非難して“燃え尽きない”ようにするには、感情コントロールのスキルが必要だと語ります。相手に対して心を尽くしても感謝されるとは限らず、精神的に疲弊していても外部からは見えにくいため気づかれない。そういったことが、ストレスにつながることがあると指摘します。
 「看護師の仕事を端的に言うと、『慰め、励まし、送り出す』です。入院患者ならば治療後に退院し帰宅してもらう、言い換えれば“送り出す”ことで仕事が完結するわけです。オペレーターも相手を理解し親身になることは大切ですが、自分と顧客の境界線を保つメンタルも重要です。“燃え尽きてしまわない”よう、自分の感情を守って仕事とプライベートを切り替える。さらに理想を追求し過ぎないことも大事でしょう。それも、プロのテクニックの一つと言えるかもしれません」(資料2参照)
 グループワークでは、「感情労働について思うこと」をテーマにディスカッションが行われました。グループ発表では「コールセンターでの部下への指導時にストレスを感じて、感情をコントロールする場合がある」「カスタマーハラスメントの取り組みに対して、会社で対処する判断基準を検討しているが難しい」といった意見が出されました。

資料 2:燃え尽きないために

ヤコブソンが定義した「コミュニケーションの6つの要素」

 後半の講演テーマは、「コミュニケーション」です。中岡氏はおんころカフェの活動を紹介した後、ロシア人の言語学者、ローマン・ヤコブソンのコミュニケーション論について解説します。
 「コミュニケーションは、お互いが分かり合うために行われるものです。ヤコブソンは、コミュニケーションを構成する六つの要素を定義しました。まず『発信者』と相手の『受信者』の存在が必要です。次に意思疎通できる状態にあるかという『コンタクト』があり、何について話しているかというのが『コンテクスト』です。要は話題ですね。そして何を使って話しているかが『コード』です。日本語や英語、専門用語なども含まれます。六つ目が、話された言葉や文章などの内容である『メッセージ』です」(資料3参照)
 中岡氏はこれらの六つの要素に加えて、表情や口調もコンタクトの一部になるだろうと言います。話し手の怒り顔や困り顔、大声や早口などによってコミュニケーションは変わるというのがその理由です。
 これらのコミュニケーションの六つの要素について、中岡氏は自身が実際に経験した炊飯器のお客さま相談室とのやりとりや、お好み焼き店で見かけたポスターを例に、解説を加えました。

資料 3:わかり合うために必要なこと

コミュニケーションは良好な「コンタクト」から始まる

資料 4:コンタクトがたいせつ

 中岡氏は六つの要素の中でも、特にコンタクトが大切と続けます(資料4参照)。例えば、苦手と感じている人の言葉は自分の中に入りづらいことを、誰もが経験しているのではと指摘します。
 「コンタクトにとって、まず挨拶は重要です。挨拶を交わすだけでも気持ちが通じることがあります。またコンタクトに関しては、物理的な条件もあります。身体に痛みがあると集中できないですし、猛暑の中で、つい変なことを口走ってしまうということもあるでしょう。もしくは受信者が認知症の方だったり、心の病があったりする場合もあり得ます。また、高齢者が医療施設に入院すると、環境の変化によって普段の話し方や考え方ができず、意思疎通が困難になるというケースもよく見聞きしました」
 中岡氏はコミュニケーションする際のコンタクトにおいては、まずはきちんと挨拶を交わし、柔らかな表情や声の調子を意識することが大事としました。その上で、相手の体調や話をする環境なども考慮することが必要と述べました。
 講演後の質疑応答では、前半のテーマに対して「感情労働自体は悪いものではなく、かつての共感や慰労がキャッチーな言葉に置き換わった印象がある」「スキルアップによって感情労働の負の感情は軽減できるので、どう指導していくかが問われるのでは」などの意見が出されました。電話応対に関わる参加者の皆さんにとっても、今回の講演は関心が高い内容だったことがうかがえました。

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