電話応対でCS向上コラム

第105回 「一言が消えていく」

記事ID:C10062

日本語は、世界有数の豊かな言葉です。美しく花開く文化と自然の中で、漢字、仮名文字が織りなす表現の世界は、多彩で繊細で、時に力強さと情感にあふれたものでした。その価値ある日本語が、ここに来て力を失っていることへの危惧を覚えます。第103回でも、そのことに触れましたが、今回は消えていく一言の視点から考えます。

言葉が動作を守る

 昭和から平成にかけて、消えていった美しい日本語がたくさんあります。「最近この言葉聞かなくなったね」「その言葉はもう死語だよね」皆さんもこうした会話をなさることがおありでしょう。その度に、昔人間としては淋しい思いをするのです。消えていった言葉の例を挙げれば、傘かしげ、膝送り、目迎え、目送り、という言葉がつい昭和まではありました。でも若い人の多くは、初めて耳にする言葉でしょう。雨の日に狭い道ですれ違う時には、お互いに傘を傾けて、雫が相手にかからないように気をつかうのです。また混んだ車内で、間隔を開けて座っている人に、「恐れ入ります。少しお膝送り(詰め合わせて)をお願いしたいのですが」と声をかけます。また、お客さまを迎える時や見送る時には、動作だけではなく、しっかり目でお迎えし目でお見送りするように、というマナーの一言です。このように、一つ一つの動作に、相手を思いやり、状況をおもんぱかる言葉がありました。若い人にこのような話をしても「時代が違いますよ」と一蹴されてしまうでしょう。でも、動作が言葉を生み、言葉が動作を守っていくのです。
 そうは言いましても、昭和、平成、令和と、言葉を生む社会状況が大きく変わりました。
 これらの言葉が消えてゆくのはやむを得ないのかも知れません。しかし、以下に挙げる言葉は、営業や接客、電話応対などで、今も必要とされる言葉のはずです。にも拘わらず言葉が淘汰されたり疲弊していて、適切に機能していない場面が多いのです。

営業などの訪問時によく使う常套句

 「貴重なお時間をいただきまして」「何分ぐらいお時間いただけますでしょうか」「お目通しいただけますと嬉しいです」「お出かけ前のお忙しいところをすみません」「差し出がましいことを申し上げまして」「立ち入ったことをうかがいますが」「お食事時に失礼します」「お口汚しでしょうが」「お口に合わないかも知れませんが」「いただき立ちで失礼ですが」「お言葉に甘えてつい長居をしてしまいました」「お引き止めしてはかえってご迷惑でしょうか」「何のお役にも立てませんで」

電話でよく使う常套句

 「突然のお電話で失礼いたします」「夜分遅くに申し訳ございません」「朝早いお時間に失礼とは思いましたが」「おくつろぎのところを申し訳ございません」「お手すきの時で結構ですので」「ご説明が行き届きませんで」「口幅ったいことを申しました。お許しください」「お取り込みのところを申し訳ございません」「はっきりおっしゃっていただきありがたかったです」「大変勉強になりました」「うかがったことを活かして精進いたします」
 これらの言葉は、皆さんが常日頃お使いの常套句の一部でしょう。常套句でありながら、適切に継承されず、使えない人が増えている言葉でもあるのです。

言葉に冷淡なICT社会

 建築設計事務所で働く女性リーダーに聞いてみました。「常套句にそんなに拘らなくてもいいんじゃないですか。彼らなりにちゃんとお客さまとコミュニケーションをとって上手くやっていますから」とあっさりしたものでした。
 電話と言えば、チャットやSNSでしか通話したことのない彼らにとって、敬語や前記の常套句を覚えることは、かなりハードルの高い努力となります。というよりはその必要を感じないでしょう。30代半ばのリーダーからして、私どもが抱く言葉への拘りは、理解できないのかも知れません。彼らの目標は、如何にしてIT競争に打ち勝つかにあるのでしょうから。しかし、日本語の未来はそれでよいのでしょうか。経済も政治も教育も暮らしも、そして最先端の科学も、人間の営みのすべては、言葉によって作られています。言葉が貧困になった時に、すべての土台は崩れます。人と人とをつなぐのも言葉です。ICT社会は、その言葉に冷淡すぎます。前述の心を伝える常套句のすべてを失くした、用件だけを伝えるコミュニケーション社会を想像してみてください。

岡部 達昭氏

日本電信電話ユーザ協会電話応対技能検定委員会検定委員。
NHK アナウンサー、(財)NHK 放送研修センター理事、日本語センター長を経て現在は企業、自治体の研修講演などを担当する。「心をつかむコミュニケーション」を基本に、言葉と非言語表現力の研究を行っている。

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