電話応対でCS向上コラム
第122回「名前を大切にしたい」記事ID:C10112
私たちは、一生のうちに自分の名前を何度口にするでしょうか。また何度文字にするでしょうか。名前は大切な個人情報であり、人には渡せぬ生涯の財産なのです。ところが、その名前の価値や扱いが、最近変わってきたように思うのです。今回は名前と名乗りについて考えます。
「まずは名前を覚える」
コミュニケーション教育の中で、相手の名前を覚え、名前を呼びかけることは、基本中の基本とされてきました。どのような言葉よりも、自分にとって名前は最も好きな言葉だからです。名前を憶えてくれて呼びかけてくれることは、最高の敬意の表れであり、親近感でもあります。社員教育の第一歩は、上司先輩同僚の名前を早く確実に憶えること。現場に出たら、お客さまの名前をしっかり憶えること。そして呼びかけること。どなたも経験のあることでしょう。“経営の神様”松下幸之助さんは、毎年会社に入ってくる新入社員の名前を全部覚え、さりげなく呼びかけたという話は、今も伝説として残っています。
BARのママのノウハウ
視点が変わりますが、若い頃しばしば通っていたBARでの話です。棚にずらりと並んだボトルの一本一本には、キープした客の名前がついています。馴染みの客が来ると、棚からその客のボトルがさっと取り出されるのです。当時、それが不思議でした。さほど大きな店ではありませんでしたが、それでもキープされているボトルは百本近く。常連客ばかりとは限りません。「よく客の名前を覚えられるなあ、すごい!」。そっとママに訊きました。「分からない時もありますよ。その時は精いっぱいの笑顔と声の表情で歓迎を表します。そしてさり気なく店の若い娘こに目配せをして、私はいったん奥に入るの。その間に若い娘がお客さまの名前を訊いて私に耳打ちするんです。ママである私が忘れたではすみませんからね」。
変わってきた日本人の名前
きちんと調べたことはありませんが、日本人の名前の種類は、各国と比べても非常に多いそうです。日本苗字大辞典には29万1,129種類あると載っているそうです。アナウンサーの現役時代には、
難読姓氏もさることながら、私が案じるのは名前のほうです。先祖代々受け継いできた苗字よりも、新たにつける名前の多様さ奇抜さです。近頃の小中学生の名簿には、当節風に言えばキラキラネームと言うのでしょうか、派手な漢字やカタカナ文字が組み合わさった、簡単には覚えられない名前が目につきます。昔の名簿には必ずあった、男、夫、雄、子、世、代、美などの定番の漢字は、ほとんど見当たらなくなりました。時代の変化と言えばそれまでですが、何と呼んだらよいのか分からない名前には違和感を覚えます。
責任と誇りを持って名乗れるように
名前には、正邪善悪はありません。ただ読み難く呼び難い名前、覚え難い名前があります。そうした名前が急増しているように思うのです。つい数年前までのマナー教育では、「初対面での名乗りは、苗字と名前をしっかり名乗りなさい。できれば文字まで説明して」と教えていたように思います。それが近頃は苗字だけ言えばよい、に変わってきたようです。
時々利用する近くのバス路線では、以前はきちんと表示されていた運転者の名前が消えました。運転者番号だけの表示に変わったのです。理由はどちらも定かではありませんが、必要以上に個人情報をオープンにすることを抑える風潮にあるようです。
2020年の11月からは、ほとんどの行政手続きの押印が廃止になっています。多くのケースで実印も不要になりました。IT化の進展に伴う効率化は結構なことではありますが、名前という人格を持った貴重な財産が軽んじられていくようで、不安と寂しさを覚えます。
名前をめぐる状況はまだまだ変わるでしょう。どんなに変わっても、責任と誇りを持って、自分の名前を堂々と名乗れる電話応対であってほしいと願っています。

岡部 達昭氏
日本電信電話ユーザ協会電話応対技能検定委員会検定委員。
NHK アナウンサー、(財)NHK 放送研修センター理事、日本語センター長を経て現在は企業、自治体の研修講演などを担当する。「心をつかむコミュニケーション」を基本に、言葉と非言語表現力の研究を行っている。