電話応対でCS向上コラム
第140回「忘れる力」記事ID:C10164
「最近もの忘れがひどくてね」と、つい愚痴りますと、中高年の皆さんからは、わが意を得たりとばかりに大いに共感の言葉が返ってきます。もの忘れは病気とは言えないまでも、悩んでいる人は結構多いのです。今回は若い皆さんもやがては経験なさるであろう「もの忘れ」について考えます。
もの忘れと認知症は違う
一口にもの忘れと言いますが、症状はさまざまです。人の名前や言葉が出てこない。物の置き忘れ、仕舞い忘れ。体験したことを思い出せない。同じことを何度も聞く。行ったところの場所を忘れる。そしてその忘れ方の言い方もさまざまです。ど忘れ、忘却、健忘症、認知症、新しい言葉では「あれあれ症候群」などというのもあります。
医師で作家でもある鎌田 實さんによれば、もの忘れには三つの段階があるそうです。第一段階はごく軽いもの忘れで「主観的認知機能低下」と言い、他人に言われるのではなく、自分の自覚的判断で症状を意識する段階です。第二段階はよく言われる「軽度認知症(MCI)。第三段階が明らかな症状が出て、失敗や事故にもつながるいわゆる「認知症」です。
認知症という言葉が登場したのは2004年(平成16年)からだそうです。多くの方はご記憶でしょうが、それ以前は「おじいちゃん少し呆けてきたんじゃない」などと言っていました。医学的には「痴呆症」が使われていたのです。しかし、「痴呆」とか「呆け」は差別的だと言うので、それに代わる言葉として生まれたのが「認知症」です。車の運転免許の更新でも、高齢になると「認知テスト」なるものを受けさせられます。その高齢運転者が増えるにつれて、高齢者認知テスト向けの参考書まであってよく売れるそうです。
人それぞれのもの忘れ対策
テレビや新聞のCMでも、もの忘れ対策のサプリをよく見かけますね。誰しもが気になり、人それぞれに、ひそかに対応策を講じていらっしゃるでしょう。
① 筆記道具を手元に置いて、すぐに、まめにメモをしておく。文字まで視覚化して覚える。
② 聞いたことを映像化して覚える。言葉、音、匂い、映像の中で、一番忘れやすいのが言葉、一番覚えやすいのが映像。つまり覚えておかなければいけないことは、映像化して覚える。
③ 記憶しやすい出来事と結びつけて一緒に覚える。そしてまめに再生して確認。
④ 物覚えが良い友人に話しておく。人に話すことで覚える。友人も覚えておいてくれる。
忘れることで覚える
かつて日本の教育は、ひたすら覚えることに時間を費やしてきました。忘れることは罪悪とみなされていました。「詰め込み主義」と批判された時代もありましたが、それなりに日本の教育レベルの向上には役立ってきたのです。しかし、すべての情報知識が役に立っているわけではありません。脳内には、整理されないままに情報知識が詰め込まれ、それは不必要な知識のゴミとなって脳内に溜まっているのです。
この辺で、脳内を整理して一度すっきりさせませんか。脳内整理に必要なことは「忘れること」です。私たちは、忘れることに罪悪感を持ちすぎてきました。忘れることは頭を整理してくれます。そして忘れてすっきりした空間に、新しい知識や情報が入ってくるのです。
この作業は呼吸活動に似ています。呼吸とは、吐き出した後に空気を吸い込みます。新鮮な空気を体内に取り込むには、まず息をしっかり吐くことが大事です。忘れるとはこの呼吸と同じ作用です。まず忘れる。不要な情報、知識を捨ててこそ大事な情報が入ってくるのです。忘れるとは、極めて大事な作業なのです。忘れて脳内をすっきりさせましょう。
忘れたいこともある
「忘れること」は、脳内に知識のスペースを作るだけではなく、心に平穏な安らぎを与えてくれることもあります。かつて、昭和の末期から平成にかけて、河島 英五が弾き語りで歌って大ヒットした「酒と泪と男と女」という歌をご存じでしょうか。忘れてしまいたいことに悩む男の心情が胸に迫りました。人は誰しも、忘れてしまいたい悩みや苦しみを抱いて生きています。その苦しみや悩みも、いつか忘れることで、救われるのです。とは言っても、忘れたくない大事な思い出を、どなたもきっとお持ちでしょう。
岡部 達昭氏
日本電信電話ユーザ協会電話応対技能検定委員会検定委員。
NHK アナウンサー、(財)NHK 放送研修センター理事、日本語センター長を経て現在は企業、自治体の研修講演などを担当する。「心をつかむコミュニケーション」を基本に、言葉と非言語表現力の研究を行っている。