電話応対でCS向上コラム

第121回「話しやすいということ」

記事ID:C10109

AIの異常なほどの急速な進歩は、人間の努力を凌駕しつつあります。しかし、その便利さに慣れて安閑としていますと、失って行くものが見えなくなります。どんなに科学技術が優れていても、人間にしかできないものが必ずあります。それは、ごく平凡な日常の中にもあります。何気ない挨拶の所作、交わされる言葉の一つひとつが、人と人とをつないでいるのです。今回は、人と人との交流にとって大切な「話しやすさ」について考えます。

「渥美 清にあいたい」

 5月3日(金)の 朝、NHK の BS 放送で、「渥美 清にあいたい」という番組が放送されていました。映画監督の山田 洋次さんと黒柳 徹子さんが、ご存じの人情喜劇「男はつらいよ」を回顧する番組でした。山田 洋次監督、渥美 清主演のこのシリーズは、昭和43年に始まり全26本作られました。山田監督は御年92歳。いまも矍かくしゃく鑠として映画制作にあたられています。黒柳さんは渥美さんとは5歳違いの多芸多才な女優さんです。番組の冒頭で、監督は車いすの黒柳さんに、きちんと立ちあがって、背すじを伸ばして挨拶をなさいました。そしてこう訊かれたのです。「初めてお会いした時のこと、覚えていらっしゃいますか」と。そのさりげない所作と、短い問いかけの美しさに、一瞬私は息を呑みました。そして、山田監督にお会いしたい!と思ったのです。

生き方が電話応対に出る

 大分以前の本シリーズの中で、名優・高倉 健さんの珠玉の一言をご紹介したことがあります。「生き方が芝居に出る。演技ではない」。この健さんの素敵な言葉をもじって、私は「生き方が電話応対に出る。スキルではない」と言ってきました。
 「良い電話応対ってどのような応対ですか」と訊かれることがよくあります。その時には、「この人に会ってみたいと思う応対ですよ」と答えます。美声でスキルの高い人とは限りません。でも誠実な温かさを感じるのです。実際にお会いして確かめるわけではありませんが、電話で声を聴きながら、その方の仕事ぶりや生き方まで浮かんでくるのです。

1位は話しやすいこと

 私が関係している組織で、「電話の応対者に対して、あなたはどのような期待を持っていますか」という調査をしたことがあります。以下のような結果が出ました。
 ①話がしやすい ②よく聴いてくれる ③説明が分かりやすい ④業務知識に詳しい ⑤言葉づかいがきれい ⑥てきぱきとして迅速である。
 あまりサンプル数は多くはありませんでしたし、まだAIオペレーターが登場する以前の調査でした。ですから、今、同様の調査をすれば、結果はかなり変わるでしょう。あるいは①と②は、回答から消えてしまうかもしれません。

話しやすさとは聴く力である

 急速に普及が進むAIの進歩を考えると、上記の調査の③~⑥については、すでにAIオペレーターの努力が進んでいることでしょう。問題は①の話しやすさと②の聴き方です。
 この二つが、AIと競合する時代の人間オペレーターの努力のポイントになるでしょう。
 話しやすさを決めるのが聴く力です。ところが、日本の言葉教育は、ご存じの通り、話し方より書き方、読み方が主体でした。そして聴き方は今に至るも軽視されているのです。LINE やSNSの普及で、音声で会話や対話をする場が減りました。用件が終わればぷつんと切れてしまうオンライン会議や打合せ。それは効率的で良いのかもしれません。しかし、雑談もなく、極力無駄を省いた電話応対の世界を、個人的には好きになれません。

機械よりも人間愛を

 電話を取り巻く周辺のビジネス環境は、年々高度に複雑になっています。しかし、どんなにIT化が進んでも、そこで働くのは人間です。共感も感動も余韻もない渇いた電話からは、優れたビジネスは生まれないでしょう。
 喜劇王・チャールズ・チャップリンの言葉を思い出します。「機械よりも人間愛、賢さよりも優しさが必要だ」。チャップリンは暴力を憎み、平和を願って言ったのですが、話しやすさも分かりやすさも、そして、生きやすさも、優しさなくては得られないことでしょう。「話しやすいように聴く」とは、話したくなるように聴くことです。それは共感の相づちであり、語調、間、効果的な質問を如何に活かすかにあります。

岡部 達昭氏

日本電信電話ユーザ協会電話応対技能検定委員会検定委員。
NHK アナウンサー、(財)NHK 放送研修センター理事、日本語センター長を経て現在は企業、自治体の研修講演などを担当する。「心をつかむコミュニケーション」を基本に、言葉と非言語表現力の研究を行っている。

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