電話応対でCS向上コラム
第128回 「考える電話を!」記事ID:C10129
生成AIの研究、進化が進み、SFの世界が現実になろうとしています。AIが人間の知能を超えるシンギュラリティ※1が、想定を速めて5年以内にやってくると警鐘を鳴らす専門家もいます。それへの対応はすでに手遅れだというのです。膨大な情報の渦の中で、情報の真偽を見定め、核心を見抜く思考力が、今こそ必要でしょう。
葦が枯れ始めた
「人間は考える葦である」パスカルのパンセ※2にあるこの名言はご存じでしょう。ところで、私はさる川柳の会に所属しているのですが、その新春句会で、「AIで 考える葦 枯れてゆく」(晃彦)という句が秀作に選ばれました。疑問があっても考えもせず、辞書や文献を調べることもなく、すぐにスマホでググって(グーグルで検索して)分かった気になってしまう最近の風潮に疑問を感じている同人たちが、この句に共感の票を入れたのだと思います。
君はどう考える?
以前にもご紹介しましたが、ナショナル(パナソニックの前身)の創業者・松下 幸之助さんは、部下が何かを相談に来ると、必ず、まず「君はどう考えるのか?」と問い返したそうです。部下は相談する前によく考えて、自分なりの意見を持ってからでないと、社長に相談はできなかったのです。昔から、多くの師や上司、先輩たちは、考えさせることで人を育ててきたはずです。それが、ネット時代になり、状況は大きく変わりました。
考えるとは、答えに辿り着くまでの過程が大事です。何をどう調べたら良いか、誰に訊けば分かるか。それを考えて、ようやく正解に辿りつく道が通じるのです。すぐに正解が得られるネット時代は便利ではありますが、そこには考える過程がありません。したがって思考力、独創力が育ちません。人は画一的で断片的な知識、情報しか持てなくなります。
人と違う新しい発想を生むのは「勘」
IPS細胞を生んだノーベル賞の山中 伸弥さんが、意外なことをおっしゃっています。高度な研究の世界でも、無理だなと思う発想にあえて挑戦する。それが意外な結果につながる。レベル差のある日常の思考であっても、独創的なアイデアを生むことがある。それを生み出すのは人間の「勘」です。「勘」は考える過程でひらめきます。AIには「勘」はありません。
電話応対コンクールも 新しい発想の場に
来月には、2025年度の電話応対コンクール(以下、コンクール)問題が発表になるでしょう。今年はどのような問題が出るでしょうか。関係する皆さんは、この時期はわくわくしてお待ちでしょう。毎年、選手の応対力は進化しています。しかしその一方で、今のAIの急激な進化を考えると、そろそろAIの選手がノミネートされて出てきそうな気がするのです。もちろん、それは私の妄想ですが、AIの応対スキルは早晩コンクールレベルに達しそうです。私が考える現状のAIの応対スキルレベルについては、本誌1月号の「AIを知り己を知る」(第127回)にも書きましたが、そこに若干付記します。AIには「勘」がない。ひらめきがない。過去を振り返らない。したがって思い出がない。死を意識しない。笑ったり、泣いたり、怒ったりしない。
2024年度コンクール、外野席からの若干の感想
さすがに全国大会ともなると、皆さんがほとんど遜色ない域に達していました。しかし、余りにも似たような応対です。もっと独創的な応対があっても良いのではないか。厳しい言い方をお許しいただければ、今のレベルではすぐにAIに追いつかれます。私たちはAIにできない応対を目指したいのです。山中 伸弥さんは「勘」の大切さを言われました。将棋の羽生 善治さんは、「将棋の世界では、言葉にできない直感が大事だ」と説かれています。日常の電話の応対でも、言葉を超えた温かさ、優しさがほしいのです。どうすればそれが実現できるのか。AI時代に考えなければいけない電話応対の課題だと思います。
2024年度のコンクール問題は、カタログギフトの見積書の作り方を知りたいという問い合わせでした。見積書の書き方は、表面に見えているお客さまのニーズです。では、隠れているニーズは何でしょうか。それは安心感、信頼感、親近感です。次回もこの人に頼みたいと思っていただくことです。インバウンドの一本の電話は、そう思っていただけることが命です。そのためには、お客さまの用件に答えるだけではなく、3分間の中での会話を通じて、少しでもお客さま情報をつかみ、良いつながりを作ることだと私は思います。
- ※1 シンギュラリティ(技術的特異点)
- 1980年代からAI研究家の間で使用されるようになった人間と人工知能の臨界点を指す言葉。人間の脳と同レベルのAIが誕生する時点を表している。
- ※2 パンセ
- パスカルの死後に遺族などが
編纂 し刊行した遺著。

岡部 達昭氏
日本電信電話ユーザ協会電話応対技能検定委員会検定委員。
NHK アナウンサー、(財)NHK 放送研修センター理事、日本語センター長を経て現在は企業、自治体の研修講演などを担当する。「心をつかむコミュニケーション」を基本に、言葉と非言語表現力の研究を行っている。