電話応対でCS向上コラム

第118回「電話が怖い!」

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昔から、この世で怖いものと言えば、地震、雷、火事、おやじ、というのが定番でした。今では雷とおやじは姿を消し、ミサイルや病原菌がノミネートされます。ところが、この同じ質問を若い人にしますと、「電話」を挙げる人が多いのに驚きました。4月は、企業も自治体も、フレッシュな新人を迎える季節です。それだけにこの意外な回答がなぜ多いのかを考えます。

会社を辞めたい!

 三年前のことです。高校時代の友人から相談を受けました。大手の商社の地方支社に配属になった息子が、入社3ヵ月で辞めたいと言っている。何とか説得してくれないか、と言うのです。小さい頃から家族ぐるみでつき合いがあり、その息子もよく知っていました。会って話を聞いて驚きました。国立大学を優秀な成績で出た彼の辞めたい理由が、「電話」から受けるストレスだったのです。
 比較的先端の生活をしていた彼の家では、小さい頃から、家族それぞれに携帯電話を持たせていました。したがって家族間でも、電話を取り次ぐという経験がなかったのです。
 また、固定電話がありませんから、大人がどんな言葉で会話をしているのか、それも知りません。ですから、社会人になって、勤め先の固定電話が鳴ると、どういう言葉で出たらよいのか、どう取り次いだらよいのか、皆目見当がつかなかったそうです。ところが、彼の会社では、電話の取り次ぎは昔から新人の役目でした。固定電話時代に育った先輩たちは、戸惑っている新人たちには、全く理解がありません。鳴っている電話にすぐ出ないと、「早く出ろ!」と叱られる。上司先輩の名前も、仕事の分担もまだ把握できていませんから、どこにどう取り次いだら良いのか分からない。用件に直ちに反応できないのです。誰に聞いたら良いかが分からない。挙句の果てに、言葉づかいがなっていないと、先輩からもお客さまからも叱られる。やがて彼はストレスから、辞めたいという気持ちに追い詰められていったのです。
 事情は分かりましたが、私は何の説得もしませんでした。彼のひ弱で甘い考え方に少々腹が立ったからです。今の苦しい状況がいつまで続くものなのか。そしてそれを乗り切るには、辞めて逃げるのではなく、立ち向かって変えてゆくことでしょう!とだけ言いました。結局、彼は辞めませんでした。そして、2年で本社に異動したそうです。
 その後、彼のような電話恐怖症は、ここ数年増えており、社会問題化しつつあることを知りました。決して特異なことではなかったのです。

電話には責任がある

 令和になった頃から、電話の位置づけは大きく変わりました。SNSやLINE、AIが幅を利かせる通信の世界では、電話は極めてマイナーな存在に映るでしょう。しかし、どんなにIT機器が進歩しても、基本にあるのは人間のつながりです。
 電話は音声を通じて、人間と人間がつながります。そのつながりの深さは、文字だけのつながりとは大きく違います。声には「情」があります。コミュニケーションがあるからです。
 「電話を怖い」と思わせたのは、周囲の責任です。学生時代の新人たちにとっては、電話は単なる情報交流、情報交換の道具でした。おしゃべりを楽しめれば良かったのです。しかし、会社にかかってくる電話は、お客さまとの最先端の接点です。責任のある重要なツールであることを、まず最初に教えなければなりません。その上で、彼らが最初に担うのが、1.電話の受け方、名乗り方、2.取り次ぎ、3.取り次ぎに必要な組織図、そこに働く人の名前、4.トラブル時の初期対応、5.事後の報告、確認です。
 多くの企業などでは、以上のことは当然教えているはずです。ところが新人たちに聞くと、意外に知らないのです。電話はぶっつけ本番でした、と言うのです。教えていても、それはおざなりだったのでしょうか。「電話が怖い!」などと言わさないように、電話の責任の重さを、腹に落ちるように教えてください。

電話が守ってほしいもの

 AIの時代、電話による通信手段はまだまだ激変するでしょう。その時代になっても守り抜きたいものが二つあります。①は声による、細やかな感情表現力です。電話は温かいツールであってほしい。②は言葉です。豊かで美しい日本語の話し言葉を聴けるメディアであってほしいのです。どちらも、当分はAIには期待できないでしょう。

岡部 達昭氏

日本電信電話ユーザ協会電話応対技能検定委員会検定委員。
NHK アナウンサー、(財)NHK 放送研修センター理事、日本語センター長を経て現在は企業、自治体の研修講演などを担当する。「心をつかむコミュニケーション」を基本に、言葉と非言語表現力の研究を行っている。

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