電話応対でCS向上コラム

第103回 「人間はことばで生きてきた」

「人間が生きて行く上で、なくてはならないものを四つ挙げなさい」と問われた数十人の学生たち。その多くが「スマホ」を挙げていたそうです。さもありなんと思いつつも、この選択には複雑な思いがいたしました。正解があるわけではありませんから、水、空気、食料に続く4番目に、「スマホ」と書いても問題はないのですが、この調査が期待していた答えは「コミュニケーション」だったのです。「仲間は食料より尊し」サモア諸島の一種族に伝わるこんな格言を思い出しました。これも同じように人間関係の大切さを説いています。ただ私が挙げた今回四つ目のキーワードは「ことば」なのです。

「人類は、ことばを持ったことで生き延びてきた」

 巨大な地殻変動や、生きものの熾烈しれつな生存競争の中で、人類の祖先がしぶとく生き延びてきたのは、二足歩行によって脳が発達し、ことばを持つに至ったからだと言われます。ことばが科学技術を生み、産業経済を育て、豊かな知恵と強力な団結力で、地球の生きものを支配してきたのでしょう。
 しかし、21世紀に入ってからの科学技術の急速な進歩には、歯止めの利かない怖さを感じます。人間が、自ら作ったコンピューターを制御できなくなるのではないか。片や、一歩間違えれば地球の破滅を招く核開発が、今もいくつかの国で続けられていることです。その不安の根源の一つに、ことばの軽視があると私は考えます。国の内外を問わず、理解し合えない言葉、信頼できない言葉が満ち溢れているのです。

増える会話のない世界

 理解を無視して、IT機器の開発が暮らしやビジネスの変化を先導しています。ことばレスのデジタル機器が、先を争うように増えています。一言も口をきかなくても、仕事は回っていきます。買い物もできます。医療も受けられます。レストランでは、接客ロボットが無言で店内を動き回っています。福祉社会という視点で見れば、それは大きな進歩かも知れません。しかし、この便利さの陰には、必ず失ってゆくものがあるはずです。その失ってゆくものについてしっかり考えることが、真の幸せな進歩をもたらすでしょう。

口に入れるものより、口から出すものが大事だ

 話が飛びますが、ある時、イエス・キリストの数人の弟子たちが、師を囲んで話をしていました。「あれは体に悪いから食べないほうがよい」「これは今は甘くて美味しいが、収穫時期を間違えるとひどい目に遭うんだぞ」黙って弟子たちのやり取りを聴いていたイエスが言いました。「お前たちは口に入れるもののことばかり言っているが、大事なのは口から出すもののほうなのだ」つまり何をどう言うかが大事なのだとさとしたのでした。
 私たちの思考を支えるのはことばです。私たちはことばを聴きことばで考えます。そして感情や思考をことばで伝えます。ことばが貧困だと思考も感情も貧困になります。豊かなことばを持っている人は、発想も知恵も豊かです。

今こそ電話の時代

 今さらの反省ですが、3年近く続くコロナ禍、そしてそれと並行して進んだテレワークなどの仕事の仕方の変化。また、その利便性、効率性ゆえに、一気に普及の進んだオンラインによる会議、研修、営業、打ち合わせなどは、対面によって人とつながる機会を激減させました。
 このことの評価は分かれますが、大別して、私の交友関係では、経営者や管理者層、デジタル機器を駆使しているIT系人間の多くはとし、それ以外の営業、サービス業、教育、福祉などの感情労働系の人は、人間が読めないと概して否定的でした。いずれにしても、ことばによる発信力を、質量ともに弱めたのは事実です。人間は運動不足になると、足腰の筋肉、骨、呼吸器官、脳まで劣化します。話しことばもそれと同じで、話さなければ会話力、対話力は落ちます。傾聴力も判断力もインプロ※力も、そして表現力も話力も委縮します。今はことばについて考え、それを鍛え直す時期にいるように思います。
 「話しことばを磨くのには、日々の電話に優るものはありません」電話応対技能検定(もしもし検定)の初代検定委員長であった水谷 修さんのことばです。15年前のことですから、電話を取り巻く状況は大きく変わりました。しかし、その精神は変わりません。

※インプロ:インプロヴィゼーションの略で、シナリオやマニュアルにはない「アドリブ」のこと。

岡部 達昭氏

日本電信電話ユーザ協会電話応対技能検定委員会検定委員。
NHK アナウンサー、(財)NHK 放送研修センター理事、日本語センター長を経て現在は企業、自治体の研修講演などを担当する。「心をつかむコミュニケーション」を基本に、言葉と非言語表現力の研究を行っている。

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