電話応対でCS向上コラム

第114回「共感力が心をつなぐ」

記事ID:C10089

嬉しい時、悲しい時、苦しい時、そして訳もなく淋しい時、皆さんはその気持ちをどうやって収めますか。そこにその気持ちをしっかり受け止めてくれる人がいた時、その人が静かに聞いてくれた時、ざわついた気持ちは驚くほど落ち着きます。そこに「共感力」が働くのです。何かと不定愁訴(ふていしゅうそ)※1も多い現代です。今回は癒しの共感力について考えます。

ある医師に教えられた一言の共感

 数十年も前のことです。東京都世田谷区のある病院に、「患者さんとのコミュニケーションの取り方について」というテーマで講演を頼まれ、行ったことがあります。インフォームドコンセント※2が話題になっていた頃です。私どもが得意とする「訊き方、話し方」について、1時間半の講演でした。熱心に聴いてはくださったのですが、終わってからの雑談で、年配のドクターから厳しい話が出ました。「患者さんはさまざまですし、それに命がかかっていますから、私どもも口の利き方には細心の注意を払ってはいます。しかし、なかなかおっしゃるようにはいかないのですよ」。どこにでも通じる一般論のノウハウをお話ししていた私には、背中をどやしつけられた思いでした。
 そのあとドクターは、私が生涯忘れられない大事な話をしてくださったのです。「私は患者さんに『痛いですか?』とか『苦しいですか?』とは訊きません」。「ではどうおっしゃるのですか」と訊きますと、「『痛いでしょうね』『苦しいでしょうね』と訊きます」と。それがドクターの答えでした。「痛いですか」は単なる質問ですが、「痛いでしょうね」は、患者の痛みに寄り添って訊いています。苦しんでいる患者にただ「痛いですか」と訊くのは事務的で、そこには共感も労りもありません。日本語のニュアンスの微妙な違いと、一言の大切さを、その時教えられました。

日本語は共感力の高い言葉

豊かな語彙力(ごいりょく)を持つ日本語の話し言葉には、一言で共感を伝える言葉がいっぱいあります。おっしゃる通りです、なるほど、そういうことですね、よく分かります、良い話ですね、初めて知りました、勉強になります、大変でしたでしょう、お疲れさまでした、とても良かったです、すぐ注文します、必ず見に行きます…。こうして例を挙げますと、特別な言葉は一つもありません。いずれも普通の日常語です。それが口癖になった時に、共感力を高めているのです。

「おっしゃる通りです」

 この言葉は、以前にご紹介したことがあります。私の尊敬する後輩O君が、口癖としてよく使っていた言葉です。彼は私の話をいつも真剣に聴きます。「おっしゃる通りです」と相づちを打ちながら。ひとしきり私の話に区切りがついたところで、彼は自分の考えを述べます。それはちっとも「おっしゃる通り」ではないのです。「岡部さんのおっしゃることはその通りだと思います。でも私の考えとは違うのです」。それが彼の共感の示し方だったのです。人はそれぞれ自分の正解を持っています。しかしそれを言い張ってはいけません。ひとまずその正解にしっかり共感を示した上で質問すること。その上で意見の違いを話し合うこと。それが共感力のポイントでしょう。

「えー話やなぁ」

 以前、関西の機械メーカーの女性の社長にお会いしたことがあります。50代半ばの穏やかな方でした。取材が終わった後、食事に行きました。部下の営業部長が社長の人柄などについて話し始めました。「うちの社長には若い頃から口癖が二つありましてね。一つは『それ、えー話やなぁ』二つは『教えて教えて!』です。まだ若い頃から、人の話や報告を聞くと『えー話やなぁ』と褒める。また、雑談でも小耳に挟むと、『それ教えて教えて!』と求めてくる。結果的にすでに知っている話であっても、初めて聴くように聴いて『おおきに、えー話聞いたわ』と礼を言う。部長、社長になってからも、部下は喜んでいろいろな情報をくれるようになりました。うちの社長は『えー話や』と『教えて教えて』で社長になったのですよ」と、部長は楽し気に話してくれました。部長の話を聴きながら、社長はにこにこと笑っていました。共感力と言うと、その時のシーンを思い出します。   
 人間関係が疎遠になりがちな今の時代、言い張ることなく、互いに共感し合う力を大事にしたいものです。

※1 不定愁訴
医療機関で検査をしても本人が訴えるような症状の原因となる病気が見つからず、明確な診断を下せない状態を指す臨床用語。
※2 インフォームドコンセント
治療について、患者本人が必要な情報を説明され、理解した上で、選択・同意・拒否をすること。

岡部 達昭氏

日本電信電話ユーザ協会電話応対技能検定委員会検定委員。
NHK アナウンサー、(財)NHK 放送研修センター理事、日本語センター長を経て現在は企業、自治体の研修講演などを担当する。「心をつかむコミュニケーション」を基本に、言葉と非言語表現力の研究を行っている。

関連記事

入会のご案内

電話応対教育とICT活用推進による、
社内の人材育成や生産性の向上に貢献致します。

ご入会のお申込みはこちら