電話応対でCS向上コラム

第51回「『間』は自然な会話から生まれる」

すべては「間」が命

 建築も絵画も彫刻も、音楽もスポーツも武道も、この世の造形物のすべては「間」が価値を作ります。高度な職人の技も、科学技術が生み出すミクロの世界も、繊細微妙な「間」に支えられています。そしてスピーチや演説、朗読や芝居、電話応対などの音声表現の世界もまた「間」が命なのです。かつて徳川夢声さんが、「朗読とは『間』の芸術である」という名言を残しました。日常会話の延長線上にある電話応対でも、相手の心を捉え、伝わるか伝わらないかを決めるのは「間」なのです。 ところが、それほど大切な「間」の指導が、こと話し言葉については、極めておざなりに済まされてきたように思えてなりません。その理由は、文字言葉中心に発達してきた日本の言葉文化が、言葉を発すれば意味も感情も伝わると思い込んできたことにあるのです。そのため、「声の表情」や「間」などの音声表現による伝達力の鍛錬は軽視されてきました。

 もちろん伝達力の前提は、何を伝えるかを考えることにありますが、その考えたことを直ちに音声化して伝える表現力が弱いのです。一まず書く、そしてそれを覚える。日本人の中に染みついているこの2段階の作業を省いて、考えて判断したことを直接音声で表現できるようにしようと言うのが、2020年に始まる大学入試改革の考え方の一つです。

「読点1拍、句点は2拍」

 アナウンサーの新人時代、ニュースやお知らせを読むたびに、「速い!もっと『間』をとって読め」としつこいぐらい言われたものでした。しかし、どうしたら適切な「間」がとれるかという方法論は、教えてはもらえませんでした。その頃、学校での読み方指導と言えば、「読点1拍、句点2拍」という機械的な方法ぐらいだったのです。

 昨秋の電話応対コンクール全国大会の審査員講評で、後藤審査委員長が「間」の不足について触れていました。頭の中で、練り上げた想定スクリプトを覚え、半年かけてトレーニングを積んできた各都道府県の代表たちは、年々レベルを上げています。しかし、まだ多くの方に共通する問題点があります。「間」が足りないのです。計算してとっている「間」は不自然です。「声の表情」も単調になります。その最大の理由は模擬応対者の話を集中して聞いていないことです。選手の会話の相手は、ライブで向き合っている模擬応対者のはずです。ところが多くの方が、模擬応対者ではなく、頭の中に記憶されている想定台本のお客さまと向き合っているのです。ですから、自然な会話の「間」にならないのです。

「相手のセリフを聴け!」

 映画界の巨匠、黒澤明さんは、「相手のセリフを聴け!」といつも大俳優や大女優たちを叱りつけていたそうです。映画撮影にはしっかりした台本があり、自分のセリフも順番も決まっています。あえて相手のセリフを聞かなくても、ドラマは進行できます。しかし、それではセリフが生きない。二人の呼吸が合わない。「間」が語らない。だから「相手のセリフを聴け!」と黒澤監督は叱ったのでしょう。翻って、同じことが、もしもし検定の実技やコンクールの演技にも言えるのです。まず問題を徹底的に読み込むこと。そして何を求めているのかをしっかり掴むこと。その上で、相手が何を言い、何と答えるかを集中して聴くのです。そうすれば当然自然な会話となり「間」が生まれます。そこには言い淀みや絶句もあるでしょう。整然としたきれいな応対が、必ずしも良い応対とはならないのです。

自然な「間」はどういう時に生まれるか

 自然な「間」が生まれる場面は三つあります。①相手の話を集中して聴いている時、②こちらが何を答え何を言うかを考える時、③相手の理解を確認しながら伝える時。つまり真剣に会話をしている時には、自ずと自然な「間」が生まれるのです。

 「情報は沢山集めて捨てること。捨てて捨てて、最後に残ったものが本当に大事な情報なのです」と言語学者の柴田武さんはおっしゃいます。情報は欲張らないことです。本当に大事なことの整理ができれば捨てられるのです。そしてすっきりしたところに「無駄をつくる」のです。確かな情報伝達には、そのゆとりが必要でしょう。そこに生きた「間」が生まれます。

岡部 達昭氏

日本電信電話ユーザ協会電話応対技能検定 専門委員会委員長。
NHKアナウンサー、(財)NHK放送研修センター理事、日本語センター長を経て現在は企業、自治体の研修講演などを担当する。「心をつかむコミュニケーション」を基本に、言葉と非言語表現力の研究を行っている。

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