電話応対でCS向上コラム
第42回「無駄に価値あり」いつの頃からか、「人生に無駄なことは何もない」と考えるようになりました。力足らずで失敗しても、判断を間違えても、人間関係で気まずい思いをしても、その辛い思いはすぐに振り払って、「この経験は無駄ではない。必ず得るものがある」と、プラス思考に切り替えます。無駄と考える意識こそが無駄なのだ、と思えるようになったのです。今回は、お二人の先生の教えから学んだ「無駄の価値」について、再度視点を変えて考えます。
平田 オリザさんの教え
劇作家平田 オリザさんの話は、第35回「雑談上手になろう!」②で、著書から引用させて頂いた認知心理学でいうマイクロスリップの話を中心にご紹介しました。
今回、平田 オリザさんと私との特別対談をお読みくださったと思います。穏やかな口調で語られる平田さんの話は、ひと言ひと言が示唆に富んで心に響くものでした。その中に「“話し言葉”を上手く話せる人とは論理的に話すのではなく、状況や相手によって冗長率を操作できる人だと思うんです。それが、上手なコミュニケーションにとって大事なことです」という話がありました。冗長率とは、一つのセンテンスまたはパラグラフの中に、意味伝達とは関係のない無意味な言葉が含まれている割合のことです。平田さんは、NHKの夜7時のニュースと9時のニュースを例に上げて、30分枠の7時のニュースより1時間枠の9時のニュースの方が、アドリブのコメントが増えて冗長率は高くなると分析されています。冗長率が高くなると、話し方が豊かになり親しみやすさを感じるのは確かです。電話の「呼」の多いコンタクトセンターなどでは、冗長率を低くして、効率よく捌くことを第一とするところもあるでしょう。しかしお客様の視点で見た時には、冗長率の操作は考えなければならない課題となるでしょう。
柴田 武さんの教え
東大教授で著名な言語学者であり国語学者であった柴田 武さんは、長くNHKの放送用語委員をなさっていました。私どもアナウンサーも、放送における日本語表現について、多くの指導を受けてきました。その中に、分かり易い放送表現の条件として、「無駄を作る」という一項目があったのを鮮明に記憶しています。
放送は、茶の間で聴いている不特定多数の人に「情報」を伝えるものだ。だから「語りかける」調子でなければ伝わらない。そのときの放送文章を考える時に4つの条件がある。1番目は「決めること」。集めた情報を基に何を話すか、どう話すか、どんな態度で話すかを決める。2番目は「捨てること」。1番目で決めたことを、今度は捨てて捨てて捨てること。そうして最後に残ったことが、絶対に伝えなければならないことだ。この「捨てる」という教えは、当時の私には強烈なインパクトがありました。そして今、もしもし検定の実技問題やコンクール問題で、情報を捨てられなくて、悪戦苦闘している応対を聴くにつけ、この教えの重さをひしひしと感じています。3番目は「切ること」です。センテンスの長い文章や話は伝わり難い。一つの情報は一つのセンテンスに納める気持ちで話すこと。センテンスが短ければ、主語と述語の関係がハッキリして正確に伝わります。そして4番目が「無駄を作る」でした。その知識、情報を伝えるのに必ずしも必要でない情報やテクニック。つまり、くり返しとか言い淀みなどの「無駄」と思えることこそが、伝わる文章の大切な条件だと教わりました。それらを意図的に入れられるようになれば、それは最高のテクニックですと、柴田さんはおっしゃいました。「NHKのスタジオニュースでそれをやるのは難しいでしょうが、現場中継では可能でしょう。現場中継では紙に書いてそれを読んでいる人が多い。読まずに自分の言葉でしゃべりなさいと、やかましいぐらい言っているのだけれどもできないのです。自分の言葉でしゃべれば無駄が出る。その無駄があるからこそよく伝わるのです」――。数十年前に聴いた柴田 武さんのこの教えは、今の電話応対教育にもそのまま当てはまると思います。
岡部 達昭氏
日本電信電話ユーザ協会電話応対技能検定 専門委員会委員長。
NHKアナウンサー、(財)NHK放送研修センター理事、日本語センター長を経て現在は企業、自治体の研修講演などを担当する。「心をつかむコミュニケーション」を基本に、言葉と非言語表現力の研究を行っている。