電話応対でCS向上コラム
第144回「愛しき電話よ」記事ID:C10176
初期の電話応対技能検定(もしもし検定)指導者研修で、俳優の故高倉 健さんの言葉を借りてこんな話をしたことを覚えています。「生き方が芝居に出る、演技ではない」。電話応対もまた同じです。「生き方が電話応対に出る。スキルではない」と。IT化が進みAI時代になって、その思いはますます強くなっています。
電話には情がある
喜びも、悲しみも、怒りも、淋しさも、口惜しさも、電話は声を通してさまざまな思いを伝えてくれるのです。電話は命を持った愛しきメディアです。
その電話の存在感がこのところ薄れてきています。一口に電話と言ってもインターネット電話、IP電話、ひかり電話などその種類も多様化しています。しかし、私たちに馴染みのある音声電話は段々とマイナーな存在になりつつあるのです。
電話の発祥は1876年(明治9年)
発明者は皆さんよくご存知のイギリス・スコットランド出身のグラハム・ベル。ベルは「扉が一つ閉まると必ず別の扉が開く」という含蓄のある言葉を残しています。それから14年後の1890年(明治23年)、日本でも東京-横浜間に初めての電話が開通しました。その後、電電公社として組織は膨れ上がり、最盛期の昭和50年代には33万人を抱えて国鉄につぐ日本第二位の巨大組織になりました。
全国電話応対コンクール始まる
職員の電話応対力の向上を目指して1962年(昭和37年)に始まった電話応対コンクールは電話の普及につれて各企業にも広がり最盛期には参加者も15,000人を超える大会になりました。そして、電話応対力の基本は親切、丁寧、正確、迅速の4原則として全国に広まりました。
私が初めてコンクールとのご縁ができたのは昭和50年代の初めでした。電話を通じて話し方を競うという画期的な催しに強い関心を持ちました。それから半世紀。この間に電話応対コンクールは変わったでしょうか。昔なじみのベテラン指導者たちに訊きますと「変わりましたよ」とおっしゃいます。しかし、私はあまり変わっていないと思います。昭和の4原則は今のコンクールでも健在です。勿論それは誤りではありませんし、全否定するものではありません。しかし、時代は大きく変わりました。
AI時代の到来
時代の変化に敏感に対応してゆくことは、通信メディアが生き残って行くためには必須の条件です。想像を絶するスピードで進歩してゆく生成AIの変化を見るにつけ、電話応対教育もコンクールも4原則に固執する時代ではないと思うのです。勿論4原則の精神は根底には生きています。しかし、もっとドラスティックな変革をはからなければ今の電話応対業務はAIに乗っ取られてしまうでしょう。言葉づかい一つを考えても、人間の話す言葉には完璧な敬語で話しても不愉快な応対もあるのです。
考えさせられる二人の先達の提言
「話し言葉は正邪善悪で考えてはいけない。好きか嫌いかだ」慶應義塾大学の名誉教授であった国文学者、岩松 研吉郎氏の言葉です。私たちはとかく正邪善悪にこだわりすぎます。絶対的な正しさとは一体誰が決めるのでしょうか。電話応対ではまずは好かれる応対を考えたいものです。
「無駄を作れ」これは東大名誉教授、言語学、国語学の柴田 武氏の言葉。「選べ、捨てる、切る、無駄を作れ」はコンクールなどでは鋭く本質をついた言葉です。情報は多過ぎてもいけません。選んで、捨てて、切って、最後に残ったものが一番大事なことです。それを大事にしながら改めて無駄を作るのです。無駄の効用という言葉もありますが、無駄とは何かを考えてみてください。柴田先生からこの話を聞いたのは、私がまだ現役の頃でした。当時私はその意味が分かりませんでした。分かったのはそれから数十年後、電話応対コンクールと出会ってからでした。かつてコンクール問題にはたくさんの関連する情報が書かれていました。3分の制限の中にそれを入れ込むのに皆さん苦労していました。結果、早口になり確認のための繰り返しもできません。間もありません。この教えは情報に固執しすぎることの弊害を説いています。一旦捨てておいてまた無駄を作る。この動作の流れをAIはどう判断するでしょうか。AIにできて人間にできないこと、人間にできてAIにできないこと。それをどう電話応対に取り入れるか、これからの課題となるでしょう
岡部 達昭氏
日本ICTテレコムユーザー協会電話応対技能検定委員会検定委員。NHKアナウンサー、(財)NHK放送研修センター理事、日本語センター長を経て現在は企業、自治体の研修講演などを担当する。「心をつかむコミュニケーション」を基本に、言葉と非言語表現力の研究を行っている。