電話応対でCS向上コラム

第18回 心のすれ違いによる“配慮”の行き違い

第三者が当事者同士の話し合いを促し、トラブルを解決に導くメディエーション(調停)。前回は、メディエーションを活用した相談室を導入した場合を想定しながら、集団での話し合いで意識すべきことをお話ししました。今回は、ある若手社員が、配慮されていない、と感じた瞬間を例に、そこに隠された心のすれ違いについてご紹介します。トラブル収拾の極意を学び、当事者同士の相互理解を促すコミュニケーションの基本を身に付けましょう。

チャンク・ダウンで話しを掘り下げる

前回のコラムの中で登場した、「営業の出先で得意先からすすめられて、お昼にビールを注がれることもあるわけです。しかしこれを同僚に話した時、翌日には上司が知っていた、ちくられた、ということがありました。これについてわたしは、その同僚はわたしに配慮してくれていないのだと感じました」という若手社員のMさんの告白を例に、今回は「配慮」について考えてみたいと思います。

Mさんはこの中で、「ちくられた」という表現を使っています。なぜMさんは「ちくられた」という言葉を使ったのでしょうか。メディエーターとしては、そこに疑問を抱けることが大切です。

Mさんに直接そのことを聞いてみるのも良いでしょう。「Mさんが『ちくられた』という言葉を使った気持ちを教えていただけますか」といった具合に。するとMさんは「あまり意識して言葉を選んで使ったわけではないですが、むしろそうだから自分の気持ちが出たのかもしれません。おそらくそこに『裏切られた』という思いがあったからだと思います」と言うかもしれません。

さらにもう一歩踏み込んでMさんに聞いてみましょう。「裏切られたという気持ちについてもう少し掘り下げてお聞かせいただけますか?」。これはチャンク・ダウンというコーチングの技法です。誰かの経験を共有するためには、その塊(かたまり)となった言葉や事象を掘り下げて、あたかも自分が見ているような再経験にする必要があります。

チャンク・ダウンは、その人の気持ちや経験のひだを共有するだけでなく、自分の経験を再度、自分自身で整理することにもつながります。つまり、話しを掘り下げることで、気持ちの整理をする手伝いをすることにもなるのです。

心のすれ違いによる配慮の行き違い

Mさんの気持ちが整理されたら、次にMさんが「ちくられた」と思っている相手、同僚のNさんの話しを聞いてみましょう。

Nさんは言います。「ある時、Mくんから業者から接待を受けていることを聞きました。夜の接待ではなく、ランチをおごられるという程度のものですが。ところが我が社には、会社のルールで業者等からは一切接待を受けてはいけないというルールがあります。わたしは悩んだ末に課長に話しました。Mくんが取引先との関係で困っているので一度相談に乗ってやってくださいと」。

その話しを聞いたMさんは自分の思い違いに気づきます。「わたしはNくんが上司にわたしのルール違反を告げ口したのだと思っていました。しかし今思い返せば、課長と話しをした際も、課長はわたしを責めることなく、メッセージを伝えただけでした。結果それが自分を振り返る機会になり、業者との接待を断るきっかけにもなりました」。

Mさんは続けてこう言うでしょう。「わたしは誤解していました。わたしはNくんから配慮されていました」。
 このような、気持ちのすれ違いを正すのも、メディエーターの役割のひとつです。会話の中に解決の糸口は隠されているものです。どんな小さな言動も見逃さないよう、注意して対話をしましょう。

稲葉 一人(いなば かずと)氏

中京大学法科大学院教授。東京・大阪地裁判事、法務省検事などを経て、現在本務のロースクールのほか、久留米大学医学部、熊本大学大学院などで教壇に立つ。また、日本電信電話ユーザ協会電話応対技能検定委員会委員・専門委員会委員を務めている。米国に留学し、ADR(裁判外紛争解決)を研究し、メディエーションの教育者・実践者である。JICAを通じた海外の裁判所における調停制度構築のプロジェクトを進め、2012年10月にモンゴル国最高裁から「最高功労勲章」を授与された。

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