電話応対でCS向上コラム
最終回 支援を受けた自己決定(self decision with support) ~メディエーションの連載を終了するにあたって~第三者が当事者同士の話し合いを促し、トラブルを解決に導くメディエーション(調停)。これまで23回に渡り、メディエーションとは何か?またその活用法などについてお話ししてきました。最終回である今回は、稲葉 一人先生から読者のみなさまへのメッセージを掲載します。今後もこの連載で学んだメディエーションを日常のコミュニケーションの中で是非ご活用ください。
アメリカで出会ったメディエーション
私が(本当の)メディエーションに出会ったのは、アメリカのNYブルックリンのメディエーションセンターでのことでした。管理人と店子の間の賃貸借を巡る紛争に私は立ち会いました。案の定、お互い自分に都合の良い事実を主張し、同時に相手を責め、これを見学していた私は、「到底うまくいかない」と思っていました。
しかし、メディエーターがしっかりと場を調整し、両当事者の話しを聴き、丁寧に言い換え(パラフレーズ)をし、開かれた質問(オープンエンドクエスチョン)を行い、当事者をほぐす内に、雰囲気は明らかに変わってきました。
メディエーターは突然、「あなた方は同じことを主張している。つまり、お互いを尊重して欲しい(Respect)と言っているのでしょう。その尊重するための方法を作りましょう」といい、約90分で話し合いは決着しました。私は「そんなはずはない――これまで裁判官の私が間に入ってもうまくいかなかったのに…」と思いました。
当事者だけで話し合う難しさ
対立している相手と同席して話し合うことは、トラブルが深刻であればあるほど、難しくなります。しかし、トラブルが深刻であるほど、その生の「人」にぶち当たり、もしかするとかえって傷つくという不安の中で、相手という現実にぶち当たることで、自分を刷新して(諦めて)決めていくこともあるでしょう。また、思いもよらなかった相手の謝罪に心を動かされることも、自分が知らなかった事情を知らされ自分の立場の変更を余儀なくされることもあるでしょう。何が正しいではなく、第三者が傍観的にこうあるべきだと決めるのではなく、暴力でなく自分の言葉を使い、相手に理解を求める(人間の)普通の過程がここにあります。
こうした場面には、家庭、職場、地域(コミュニティー)においても、日常的に遭遇します。例えば、仕事を進めるにあたり意見の違いや誤解があったとしましょう。それを自分たちの職場で話しができ、お互いが自分の意見を、相手を尊重しながら伝達する。その機会が与えられ、お互いに一層の理解ができればどんなにいいでしょうか。しかし、当事者だけでは話し合いの場を作ることも、話し合いを冷静に進めることも難しい。ここにメディエーション(メディエーター)の必要性が生まれるのです。
当事者の「自己決定」を第三者として支援する
私は、日本のすべての人がメディエーターの能力を持てばいいと思っています。時には、トラブルの当事者となることもあるでしょう。しかし、メディエーターとして、その紛争に利害を持たずに関わることで、当事者には見えないことが見えることもあります。二人の話し合いのプロセスに関わることで、当事者となった場合の振る舞いを学習するのです。
決めるのは当事者です。同じ職場・コミュニティーの仲間(Peer)である第三者がサポートすることで、当事者の「自己決定」を支援するのがメディエーションです。私は東北被災地区の方々の支援をしたり、JICA(国際協力機構)を通じてインドネシア・モンゴル・ネパール等で、その地域・国の方々がPeerの支援の中で話し合いをしながら決める社会作りを支援しています。Peerの支援があれば、自己決定できる社会を作るためには、メディエーションの利用は不可欠です。
現在、メディエーションは電話応対(コールセンター)の教育にも利用されています。コールセンターに、苦情や不満を言うためにかけてきた電話の当事者の背景にも「自己決定」と結論に至る「プロセス」があります(企業に本格的に苦情を言うのか、ここで諦めるのかなど)。果たして、電話で応対するあなたは、当事者の「自己決定」を支援することができるでしょうか。
稲葉 一人(いなば かずと)氏
中京大学法科大学院教授。東京・大阪地裁判事、法務省検事などを経て、現在本務のロースクールのほか、久留米大学医学部、熊本大学大学院などで教壇に立つ。また、日本電信電話ユーザ協会電話応対技能検定委員会委員・専門委員会委員を務めている。米国に留学し、ADR(裁判外紛争解決)を研究し、メディエーションの教育者・実践者である。JICAを通じた海外の裁判所における調停制度構築のプロジェクトを進め、2012年10月にモンゴル国最高裁から「最高功労勲章」を授与された。