企業ICT導入事例

-塩安漆器工房-
江戸末期創業の老舗工房、膨大な取引情報にICTは欠かせない

「業務のICT化」による恩恵は、最先端産業に限られるものではありません。古典的、伝統的な産業も、ICTの適切な導入により、そのメリットを享受できます。「輪島塗」の産地として名高い石川県輪島市で創業150年という老舗、塩安漆器工房も、そうした企業のひとつ。この工房の6代目、現在常務としてICT化を先導する塩安 康平氏に、その取り組みについて聞きました。

 「当社の創業は、安政5年(1858年)。江戸時代の末期で、黒船が来港し、長く続いた鎖国が終わろうとする時期でした。当初は下地を請負い、その後塗師屋へと業務を拡大。工房や店舗が現在の形に落ち着いたのはだいたい50年くらい前、私の祖父、4代目誠治の代になります」(常務・塩安 康平氏)

紙の台帳による顧客管理の問題点

▲常務 塩安 康平氏

 20代には中部地方のリフォーム会社で修行した塩安氏が、家業を引き継ぐべくこの輪島に戻ってきたのは、いまから3年ほど前になります。戻ってからは工房の代表である5代目の父・眞一から仕事を教わりながら常務として働いています。

 「お客さまとのこれまでの取引の記録は、すべて紙の台帳にあり、また個別のお客さま情報は5代目の記憶が頼りだったのです。私がお得意さまとの取引記録を確認しようと思っても、年代別にまとめられた台帳のどこにあるのかわかりません。『○○さんの記録はどこにありますか?』と5代目に聞くと、『○年○月くらいにある』という答えが返ってきて、ようやくわかるという状況でした。父の偉大さをあらためて肌で感じましたが、その一方で『こうしたアナログな管理を続けていては、今後の業務承継時に問題が発生し、また個人の能力に頼っているだけでは、将来的な成長にも支障が出てくるはずだ』と感じたのです」(塩安氏)

 お客さまとの古い取引情報が、どうして必要なのでしょうか?それは輪島塗という商品の特性にあると、塩安氏は語ります。

▲先代が使用していた頃の台帳

 「輪島塗は、木の芯に漆の塗膜を十重二十重に塗り重ね、磨き、乾燥させ…という工程を経て作られ、正しく使えばその耐久性は10年以上です。また塗膜がはげたり、縁が欠けても、修理が可能です。また弊社のお得意さまの中には、数十年のお付き合いの中で、継続して多くの輪島塗をお買い上げいただいてる方も少なくありません。このような理由から、どのお客さまが、いつ、何をお買い上げになったかという情報が重要なのです」(塩安氏)

お客さま情報の「見える化」のためにクラウドを導入

 紙で管理されているお客さまの情報をなんとか「見える化」する方法はないものか?そう考えた塩安氏は、まず顧客管理ソフトを試しましたが、その機能に満足できませんでした。

 「顧客管理ソフトは、やはり名簿の延長なのです。お客さまそのものの情報は記録できますが、いついらしたとか、何をお買い上げになったかという情報を入力し、活用するには力不足だったのです」(塩安氏)

 そこで塩安氏は、さらに進み、販売支援、営業支援ツールの導入を検討します。そして最終的に選ばれたのが、Salesforce(以下「セールスフォース」という)※でした。

 セールスフォースの、お客さま情報をきめ細かく管理できるという部分に興味をひかれました。じつはリフォーム会社で働いていたとき、同様のツールを使っていたのですが、弊社のような小さな工房がそうしたものを導入するには、資金面、管理する人材面の双方から無理だろうと考えていたのです。しかしセールスフォースは、初期投資、ランニングコストともわずかで、同様の機能を利用できます。また、弊社としてほしかった機能も、最初のトライアル期間の段階で、テンプレートを用意して対応してもらえました。

 同社がセールスフォースを導入して、現在で約2年。古くからの膨大な顧客台帳は、まだ手分けして入力を継続している段階ですが、それでも効果は大きいと言います。

 「お客さまの過去のお取引情報がすぐにわかる、それが最大の効果です。お電話でお問い合わせをいただいても、お待たせすることがなくなりました。またお買い上げいただいたお客さまに、1年後、2年後というタイミングで『いかがでしょうか、お使いいただいてますか?なにか気になるところはありませんか?』とお電話することもできます。いままでは、正直言って、ここまで細かいフォローはできていませんでした。長くお使いいただく輪島塗だからこそ、これが5年、10年という年月で、さらに役立ってくると思いますね」(塩安氏)

 使いかたも簡単だし、『これは導入するしかないな』と思いましたね」(塩安氏)

 同社がセールスフォースを導入して、現在で約2年。古くからの膨大な顧客台帳は、まだ手分けして入力を継続している段階ですが、それでも効果は大きいと言います。

クラウド導入によりお客様サービスの向上を実現

 そして、セールスフォースの導入はもうひとつの効果も生み出しました。

 「輪島塗は、店舗のほか、“椀講”と呼ばれる独特の販売方法を持っています。これは頼母子講と似た仕組みで、輪島塗をほしいと思う地方の人々が講組織を組み、行商人が年賦で販売するのです。弊社は鳥取県の椀講の方々からご愛顧いただいております。また、私共にとって大事な顧客というだけでない、とても大切な存在です。いまでも毎年おおむねひと月ほど滞在し、複数の椀講の方々とお取引しています。こうした地方での販売では、それぞれのお客さまが以前どのようなものをお買い上げになったかを確認するため、古い台帳を持参したり、必要に応じて電話で工房に問い合わせたりもしていましたが、それでは不十分でした。しかしセールスフォースなら遠隔地からもお客さまのデータにアクセスできるため、長期の出張でも不便さを感じません。また適切なアドバイスで、お客さまにもおよろこびいただいています」(塩安氏)

セキュリティ面の向上にも効果大

 塩安氏は、セキュリティ面も、大きなアドバンテージと考えています。

 「私たちのような工房では、お客さまの情報は何よりの財産です。しかし、ダンボール箱で数十箱にも上る台帳を見るたびに、『万一の火事の際は大丈夫だろうか』と心配していました。しかしデータがクラウド上に保管されるセールスフォースなら、そうした心配からも解放されます。これは大きいですね」(塩安氏)

 また塩安氏は輪島という地域の発展にも、ICTの力が欠かせないと考えています。

 「輪島は観光地ですが、半島の奥にあり、決して足の便がいい場所とは言えません。しかしそこにわざわざいらっしゃったお客さまにご満足してお帰りいただければ、リピーターにもなっていただけるでしょうし、『輪島に行ってよかった』という口コミで、また新たなお客さまも増えるでしょう。弊社は現在、セールスフォースの導入で、ようやくそのひとつの手がかりを掴もうとしています。こうしたICTの活用を同業他社にも働きかけ、お客さまに『ここに来てよかった』『ここで買ってよかった』という思いを抱いていただくことができたら、輪島塗、そして輪島という街がもっと盛り上がっていくのではないでしょうか」(塩安氏)

 若き後継者の取り組みはまだはじまったばかりです。これからの輪島の発展に、ぜひ注目していただきたいと思います。

▲店内の様子                     ▲輪島塗のお椀

※Salesforce:クラウド型の営業支援・顧客管理アプリケーション・プラットフォーム。株式会社セールスフォース・ドットコムの製品。

会社名 塩安漆器工房
設立 1858年(安政5年)
所在地 石川県輪島市小伊勢町日隅20
代表 塩安 眞一
事業内容 輪島塗の製造販売

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