企業ICT導入事例
-湯本電機株式会社-メタバース参入で町工場が得た人材育成と新ビジネスのヒント
記事ID:D20028
オーダーメイドの 部品加工を手 がける湯本電機株式会社は、メタバース※1内に本社工場を再現したVR仮想空間「YUMOTO SPACE FACTORY」を公開し、注目を集めました。大阪の町工場がメタバースに進出した目的は何なのか、どのような成果が得られたのか。同社の代表取締役、
町工場が期待する新たなビジネスチャンスの創出
代表取締役 湯本 秀逸氏
湯本電機株式会社は、CAD/CAMなどのソフトを使ってロケットや人工衛星、産業機械の部品を製作する、企業向けにオーダーメードの部品を製造する企業です。切削加工や3Dプリントにより生産される同社の部品は、大手メーカーや大学、研究機関などが新たに作る精密機械の「試作品」や「装置部品」など、さまざまな分野で活用されています。そんな同社がメタバースに参入した理由について、湯本氏は次のように説明します。
「仮想空間内にもう一つのマーケットを作り出せるメタバースに、新たなビジネスチャンスを感じました。また、弊社のものづくりは手作りというより、コンピュータソフトを駆使してデジタル的にデータを作成することが多いため、メタバースの仮想空間づくりと親和性が高いと考えました。そこで町工場から新しいビジネス創出の可能性を探るために、メタバースへの挑戦を決断しました」(湯本氏)
同社のメタバース「YUMOTO SPACE FACTORY」は、VR(仮想現実)を活用したSNSのプラットフォーム※2である、「VRChat」内で公開されています。VRChatはワールド(独自の仮想空間)やアバター(自身の分身となるキャラクター像)を自由に設定でき、同空間内でさまざまなユーザーと交流できるのが特徴です。
技術開発部 チーフエンジニア 近藤 風香氏
同社 のワー ルド「YUMOTO SPACE FACTORY」について、近藤氏は「ゲストが実際の製造業務を体感しながら、湯本電機の技術力や可能性が理解できるように作られているのがポイント」と説明します。
「『YUMOTO SPACE FACTORY』は、本社工場を再現した工場エリア(画像1参照)と、未来の宇宙エリアの二つの世界で構成されています。ゲストはまず工場エリアに入場し、湯本電機の歴史や機械、材料などの知識を学びます。その後現れたロケットに乗ると宇宙空間に飛び出し、近未来をイメージした工場に到着します。この宇宙エリアでは、機械で加工する人間ではなく、加工される材料側の目線で体験できるアトラクション『旋盤コースター体験』(画像2参照)が好評です。同アトラクションでは、ゲストが実際に材料の上に乗って、機械によってものすごい勢いで切削研磨される迫力満点の様子を楽しめます。これは、世界中のゲストに弊社の技術力を体感してもらうための、メタバースならではの有効なPR手段だと自負しています。このほか、記念写真コーナーや弊社が作成したオブジェなどの3Dデータを展示したフロアなども用意しました」(近藤氏)
画像1:本社工場を再現したエリアでは、湯本電機の歴史や紹介などが展示されている
有志が一から作り上げた手作りメタバース
2022年5月に開発を開始した「YUMOTO SPACE FACTORY」ですが、企画・制作から公開までのすべてを、社内で結成されたプロジェクトチームが担い、約1年間の制作期間を経て、2023年6月に公開されました。
「一昨年、メタバースへの挑戦が経営陣から社員に示され、自ら手を挙げた営業部、製造部、品質管理部など、部署を横断した6名の有志によるプロジェクトチームが発足しました。しかし、全員が初心者で『メタバースって、何?』を知るところからのスタートでした。当初はどんなプラットフォームがあり、どう制作したらいいのかを各自で調べ、人気のあるワールドや他の企業の制作例などの情報を共有するなど、調査に明け暮れる日々が続きました」(近藤氏)
湯本氏は、プロジェクトの進行を基本的にメンバーの自主性に委ねました。全体の方向性の判断などに関わった程度で、現場は20代の近藤氏をリーダーとする6名のメンバーに任せたのです。
「弊社は社員の平均年齢33歳の業界でも若い会社です。挙手をして参加したメンバーの自主性を尊重し、若手のやる気と伸びしろに期待しました。一方で、体験会などを開催して、全社的にプロジェクトへの理解を深めるなど、メンバーが働きやすい環境を提供するように努めました」(湯本氏)
「普段の業務とは全く違う面白いプロジェクトだったので、メンバーができるだけ楽しく取り組めるようにコミュニケーションに努め、得意なことや興味のあることを割り振るなどの工夫をしました。時間を惜しんで面白いワールドの情報を共有して研究し合うなど、チームワークの醸成が実現へと結びついたのだと思います」(近藤氏)
公開された「YUMOTO SPACE FACTORY」は、業界の内外に大きな反響を巻き起こしました。全国紙や業界の有力紙を始め、多くの媒体からの取材が相次いだと言います。
「報道を知ったお客さまに、湯本電機は『新しいことに挑戦している会社だ』というイメージを持っていただけました。メタバース参入により会社の知名度が向上したことは、大きな成果だったと思います。また、この取り組みを同社ホームページの採用情報で紹介したところ、例年以上の問い合わせ件数を記録し、採用面でも良い効果が得られたと考えています」(湯本氏)
そしてメタバースへの挑戦は、同社に予想外の成果ももたらしました。
「1年間のプロジェクト活動を通じて、社員たちに大きな成長の跡が見られました。新しい能力や知識を仕事で発揮するメンバーが続出し、管理職を驚かせたのです。今の若い世代は、適切な場を与えれば、ネットを駆使して情報を収集し、楽しみながら期待以上の成果を生んでくれます。人材の育成ノウハウこそ、メタバースへの挑戦が弊社にもたらした最大の成果かもしれません」(湯本氏)
画像2:宇宙エリアのスピード感あふれる「旋盤コースター体験」では、ゲストが湯本電機の技術力をリアルに体感できる
メタバースの課題とそれでも挑戦する意味
社業にさまざまな恩恵をもたらしたメタバースへの挑戦ですが、同プロジェクトから新たなビジネスチャンスが生まれるほどの成果を期待するのは、まだ先の話になると湯本氏は語ります。
「メタバースの操作に必要とされるパソコンなどの装置の性能が、現状では不足しています。どうしても動きにくいなど、操作性に課題があるのです。スマホでも容易に操作できるくらいの通信環境の整備も待たれますが、全世界の人々と商談の場が設定でき、仮想空間でB to C市場を展開できるメタバースの特性は、新しい市場の創出を予感させてくれます。これまでと同じことをしていては、これ以上の発展が難しいと言われている弊社が属する素材加工業界にとって、メタバースのような新たな技術は、状況を変革させる可能性を秘めています。よって、今からその活用に挑戦することには意味があると考えています」(湯本氏)
近藤氏も同プロジェクトの今後について、「いつかアバター同士による会社説明会や面接を実現したい」と抱負を語ります。短期的な利益は目指さず、メタバースが会社にもたらす好影響を計算した上で参入した同社の事例は、新たな挑戦を検討している企業の良い参考事例になりそうです。
- ※1 メタバース
- インターネット上に構築された仮想空間やそのサービスのこと。
- ※2 プラットフォーム
- サービスの提供者と利用者がつながるための土台となる環境(例:Google、Facebookなど)。
会社名 | 湯本電機株式会社 |
---|---|
設 立 | 1988年(昭和63年) |
本社所在地 | 大阪市東成区東今里2-8-12 |
代表取締役 | 湯本 秀逸 |
事業内容 | ロケットや人工衛星・産業機械の部品を製作するオーダーメードのパーツメーカー |
URL | https://www.yumoto.jp/ |
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