電話応対でCS向上コラム

第126回 「上手でなくてもよい」

記事ID:C10124

電話応対は、「上手でなくてもよい」と言いますと、たちまちお叱りを受けそうですが、実は、今回は10月号の「変わらなければならないもの」の続きなのです。電話応対教育は変わらなければならないと、私はずっと思い続けてきました。それは通信技術の劇的な進歩と、電話メディアの主要ツールとして、コミュニケーションを支えてきた「日本語力」の衰退です。どちらも簡単に解決がつくというものではありませんが、身近なことからご一緒に考えましょう。

発展する対話型AI

 まず気になりますのが、対話型AIの存在です。ここ数年で、AIはあらゆる分野に浸透しています。さらに汎用性を持ったAGI※1が登場し、10年後には、人間の知能を超えたASI※2と呼ばれる〈人工超知能〉の時代が来ると言われています。私には想像もできない時代の到来です。それに加えて、オンラインの普及により、対面で人が接する場面が急速に減少しています。一方で、野放図に増えていくのは、言葉の拡散です。専門語、IT語、外来語、カタカナ語、それにアニメなどの影響を受けた造語も増えています。その傾向は、豊かに受け継がれてきた日本語そのものの衰退につながっていきます。言葉が通じなくなれば人のつながりもなくなり、国は滅びます。そこまで考えますと極めて悲観的になりますが、音声でつながる電話は、言葉を取り戻す身近で貴重なツールとして、まだまだ健在です。対話力も説明力も聴く力も、電話によって鍛えられます。電話応対技能検定の初代委員長で、元名古屋外国語大学学長であった水谷 修さんは、「言葉力を鍛える手段として、もしもし検定に勝るものはない」と断言されました。いずれにしても、これから先、コミュニケーションにAIが大きく関与してくることは間違いないでしょう。私たちはそこで、何をすればよいか。何ができるかです。

令和の電話応対者に期待する

 日本での電話交換手の歴史は1890年と聞いています。爾来(じらい)※3 134年になります。それ以来、電電公社、NTT、そしてユーザーである各企業の歴史の中で、親切、丁寧、正確、迅速を目指して、きれいで上手な電話応対のスキルは磨かれ守られてきました。そのスキルは、今、AIオペレーターにまで引き継がれているのです。先ごろ行われたユーザ協会主催の「全国電話応対コンクール(以下、コンクール)」などは、その努力の集大成だと思います。
 私がコンクールに関わりを持ち始めたのは昭和50年代からです。そのシンプルな教育イベントにとても興味を持ちました。言葉の大切さをその都度考えさせられました。しかしここにきて、コンクール調とまで言われる今の応対に疑問を感じ始めています。上手過ぎるのです。課題が発表されてから半年かけて磨いてきたその応対は、完璧な言葉づかい、課題のねらいに応えた見事な構成、無駄のない文言、心地良いきれいなトーク。つまり、完璧を目指した上手な応対が揃うのです。各県の代表が集まる全国大会ともなりますと、審査員も大変です。私もかつて全国審査を担当したことがありました。ほとんど差のない60数人の応対を、1回聴いただけの短い時間で採点するのは本当に疲れました。

お客さまに喜ばれる応対とは

 電話応対って、もっと自然で良いのではないだろうか。言い間違えても、多少言葉づかいが違っても、時に忘れて言い淀んだり絶句しても、方言が出ても、そのリカバリーさえきちんとできれば良いのではないか。つまりもっと自然で良いのではないでしょうか。最近増えた無機質なAIの応対や喋りを聞く度に、音ではない人間の温かい声を聴きたいとつくづく思うのです。お客さまも完璧な敬語や美しい話し方を期待しているわけではないと思います。またこの人と話したいと思っていただける応対こそ、理想の応対だと私は思っています。
 「親切、丁寧、正確、迅速」という昭和、平成の「上手な電話応対」は、一つの時代を作りました。しかしAIが主導するであろうこれからの令和の電話応対は、AIにはできない人間の応対を目指すべきだと思います。例えば、「正確さ、分りやすさ、誠実さ、温かさ」など、情の伝わる言葉で、また別の「上手な応対」を作ってください。
 以前にも触れたことがある、文楽の人間国宝、七代目 竹本 住太夫の言葉「上手にやろうと思うな!上手にやろうとして上手にできたためしはない」。好きな言葉です。

※1 AGI(汎用人工知能)
人間のような汎用的な知能を持つ人工知能
※2 ASI(人工超知能)
AGIがさらに進化したもので、人間の知能をはるかに超えた人工知能
※3 爾来
その後、それ以降

岡部 達昭氏

日本電信電話ユーザ協会電話応対技能検定委員会検定委員。
NHK アナウンサー、(財)NHK 放送研修センター理事、日本語センター長を経て現在は企業、自治体の研修講演などを担当する。「心をつかむコミュニケーション」を基本に、言葉と非言語表現力の研究を行っている。

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