電話応対でCS向上コラム

第124回「変わらなければならないもの」

記事ID:C10118

先月号では、変わってきた話し言葉に苦言を呈しました。しかし、変わることは決して悪ではありません。むしろ変わることによって人類は進歩してきました。科学も産業も文化も芸術も、人間社会の営みのすべては、変わることによって発展してきました。しかし、その変化には逡巡(しゅんじゅん)するものもあります。

「生き残るためには変わらなければならない」

 「変わらずに残るためには変わらなければならない」。これは、もう半世紀も前のカンヌ映画祭のグランプリ受賞作品「山猫」で、ルキノ・ヴィスコンティ監督が主演のバート・ランカスターに言わせた意味深い言葉です。いつの時代にも、どのような社会、組織でも、変化に乗り遅れるものは滅びる運命にあります。ところが厄介なことに、多くの人も組織も、変化することを嫌うのです。変えないほうが楽だからです。しっかりした組織にしても(しか)りです。
 NHKの人気ドキュメンタリー番組「プロジェクトX」をご存じかと思います。社会派の発明、発見物語です。私どもが今は当然と認識している多くの大改革、大発明も、それを成し遂げた人たちにとっては、例外なく冷たい蔑視と孤立の中でのスタートでした。その逆境を乗り越えて、最後は涙のハッピーエンドで終わるのですが、これらの番組を見ておりますと、人や組織は、いかに変えることを嫌うかがよく分かります。
 執念の開発者の努力と、それを支えてきた少数の理解者。「プロジェクトX」の成功物語を見ていて、いつも感じることがもう一つあります。その成功の陰には、功ならずして消えていった、数多くの失敗物語があったであろうということです。それらは、変えようとしても、経済的要因や組織論、時には因習に阻まれて、日の目を見ずに終わったのではないか。そう考えると、私はいつも何か大切な忘れ物をしているような、忸怩(じくじ)たる思いがするのでした。

捨てることと変えること

  尊敬する後輩がいました。彼の出す企画提案は、常にユニークで話題を呼びました。ある時はしっかりしたリサーチをもとに練り上げられた重厚な企画もの。またある時は軽妙な発想のミニ番組と、彼の発想はいつも変化に富んで多彩でした。その企画提案のコツを彼に聞いたことがあります。「最初に浮かんだ発想を捨てることです。あとは偉大なるマンネリズムで行くか、サムシングニューで勝負するか、その時によりますね」。笑いながら彼は答えました。変わることには、常に期待と共に不安があります。まして捨てるとなると、確かな信念と覚悟が必要でしょう。その後私は、彼が最初に挙げた「まず捨てること」に、ずっと拘り続けました。捨てなければ変えられないからです。

進化するIT社会と電話応対

 それにしても、ここ数年の科学技術の進歩は、宇宙開発をはじめ、数々の夢物語を現実のものにしつつあります。さらには想定外の技術も発揮してみせるのです。先日、面白いニュースを見ました。植物の受粉作業を、農業用ロボットが担い始めているのです。つまり蜂や蝶が担ってきた受粉という自然界の営みまで、ロボットが代行する時代が始まっているのです。ボイスボットと言われるAIによる自動応答システムなどは、たちまち遺物になってしまうかもしれません。そうした周辺状況の変化の中で、電話応対はどう変わったでしょうか。通信のユニバーサルサービスの手段は、固定電話から携帯電話に変わりました。ラインなどのメッセージアプリが、重要な役割を担うようになったのです。そして、AIオペレーターを導入している企業も、少し古いデータですが、IBM調査では2022年時点ですでに35%を超えていると聞きます。そしてその精度は明らかに上がっています。にもかかわらず、人間オペレーターの応対は、残念ながらそれほど変わっていないように私は思うのです。それは劇的に変わるものではないでしょうが、AIオペレーターの技量が上がるほどに、人間オペレーターへの期待は大きくなるはずです。棲み分けも進むでしょう。

AIのしゃべりは「音」 人間のしゃべりは「声」

 人間の「声」には「情」があります。対話には「(ため)」と「間」が必要です。そして、伝えるためには「繰り返し」が必然なのです。この決定的なポイントが、今後、AIと人間の応対を分けることになるでしょう。今年も全国電話応対コンクールが11月15日に高知市で開かれます。どのような応対を聴かせていただけるか、楽しみにしています。

岡部 達昭氏

日本電信電話ユーザ協会電話応対技能検定委員会検定委員。
NHK アナウンサー、(財)NHK 放送研修センター理事、日本語センター長を経て現在は企業、自治体の研修講演などを担当する。「心をつかむコミュニケーション」を基本に、言葉と非言語表現力の研究を行っている。

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