電話応対でCS向上コラム

第125回 「自分を売る」

記事ID:C10121

「営業とは商品を売るのではない。自分を売るのだ」。営業の仕事に携わってきた方は、新人時代、上司や先輩から口を酸っぱくして言われてきた言葉かと思います。それは、今も変わらぬ営業の基本でしょう。私も初めてこの言葉を聞いた時には、なるほどなぁと感心したものでした。しかしその一方で、「自分を売るって、どうやって売るのだろう?」という疑問が残りました。AI時代の今、改めて「自分を売るとは何か」について考えます。

「お前、明日から布団売れるか」

 先日、ユーザ協会のY支部長と話していて、久しぶりにこの「自分を売る」という言葉を聞きました。NTTの営業畑出身のその方は、若い頃、毎日毎日、営業で電話機を売っていたそうです。それなりの好成績を上げていたある時、先輩から声をかけられました。「お前なあ、明日から羽毛布団を売ってこい、と言われたら売れるか?」。一瞬、返事に詰まったYさんに先輩は、「俺は売れる」と、気負った風もなく、さらりと言ったそうです。先輩は言葉を続けました。「電話機を売る営業スキルには限界がある。しかし、自分を売ることができれば、その効果は何にでも広がっていくよ」。
 本稿「第121回」で、高倉 健さんの「生き方が芝居に出る。演技ではない」という名言をもじって、「生き方が電話応対に出る。スキルではない」という言葉をご紹介しました。つまり生き方が「自分」を作ります。その「自分」を買ってもらうのです。

どうやって売るのか

 営業や商売にとって、自分を売ることが大事だと分かっても、ではどうすればよいのでしょうか。対面での販売であれば、言葉以外にも、態度、ふるまい、笑顔などの表情、目線の置き方などいろいろなノウハウがあります。しかし電話でどうやって自分を売るかとなりますとハードルが高くなります。敬語などの言葉づかいに限定されそうですが、大事なことは言葉づかいではなく、何を話すかです。
 こちらが話したいことではなく、お客さまが知りたいこと、関心を持ってくださることを話すのです。
 今の時代は、ネットや雑誌から得られる多様な情報に満ち溢れています。とは言っても、AIオペレーターでも話せるありきたりな営業トークでは、お客さまの心はつかめないでしょう。ネットや週刊誌などから得る情報をちりばめてみても、関心は持たれないでしょう。お客さまの心をつかむポイントの一つは「個人情報」にあるのです。

人は皆、他人の個人情報が好き

 個人情報保護法ができて、プライバシーは法的にも随分厳しく守られるようになりました。それは大事なことですが、私たちは本来、他人の個人情報が好きなのです。昔から言われる井戸端会議などはその典型でしょう。
 大分以前のことですが、ある地方都市で、任期満了に伴う町長選挙が行われました。3人の候補が立ちました。立会演説会で、現職のA候補は、町の現状を分析しながら、とうとうと2期目への政策を述べました。対するB候補は、鋭く現体制を批判し、革新的な町の発展策を述べました。C候補は、苦学してきた自身の今日までの歩みを淡々と語りました。そして、町長になったら、苦しかった経験が活きる町政をしたいと話しました。結果はC候補が選ばれたそうです。苦学して今日まで来た個人情報に、選挙民たちは()かれたのでしょう。

素顔を見せ始めたアーティストたち

 以前は、音楽会などに行きますと、開演のベルとともに演奏者が現れて、いきなり演奏を始めていました。そして終演とともに幕が下ります。終演を告げるのは陰のアナウンスだけでした。そのことに私はずっと欲求不満がありました。それが最近は変わり始めました。各分野のアーティストが、ステージ上でトークなどを入れて素顔を見せ始めたのです。
 DX社会が進めば進むほど、人間が見えなくなります。それは淋しくもあり、恐ろしくもある社会です。電話も同じです。言葉で用件は伝え得たとしても、人間的なつながりまでは期待できないでしょう。AIオペレーターには素顔はありませんが、人間には、その言葉から見えてくる、売れる素顔があるはずです。法に触れることなく、人を傷つけることなく、個人情報をどう伝え、どう訊き出し、つながりを作るか。これからの電話応対の課題の一つだと思います。

岡部 達昭氏

日本電信電話ユーザ協会電話応対技能検定委員会検定委員。
NHK アナウンサー、(財)NHK 放送研修センター理事、日本語センター長を経て現在は企業、自治体の研修講演などを担当する。「心をつかむコミュニケーション」を基本に、言葉と非言語表現力の研究を行っている。

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