電話応対でCS向上コラム

第68回「語彙力を鍛える」

語彙力が低下する

 電話応対に従事している皆さんは、これまで多かれ少なかれ、何度か難しい応対場面を経験なさっているでしょう。そうした難しい場面で、お客さまを怒らせることなく、納得を得られる説明ができるのは言葉の力、「語彙力」によるものです。

 「沢山の言葉を持っていると人の話をしっかり聴くことができる。沢山の言葉を持っていると自分の考えをしっかり人に伝えることができる」これは、井上 ひさしさんの言葉です。

 本連載の第56回「電話応対とインプロ力」の中で、「やがてAI応対者の存在が普通のことになる。その時、人間の応対者にとって必要な能力はインプロ力です」と書きました。インプロ力とは、予測不能な事態や想定外の質問に的確に対処できる力です。そして、その力を支えてくれるのが語彙力なのです。ところがその語彙力が、最近とみに低下傾向にあります。原因は、スマートフォンの急激な普及の影響で、書籍離れ、手紙離れが進んだことが大きいでしょう。

人間は言葉によって文化を築いてきた

 人類の進化は、常に言葉とともにありました。政治も経済も、科学も文学も歴史も、言葉とともに生まれ、言葉とともに進化してきました。貧困な言葉からは、何も生み出せません。ところが、そのすべての根幹となる言葉が、近年になって急速に衰退の一途を辿っています。IT関係の新語は数多く登場しても、日本の文化を築いてきた豊かな日本語の多くが絶滅危惧語(?)となって姿を消しつつあるのです。幅をきかせているのが、ヤバイ、マジ、チョー、ビミョウ、ダサイ、ウザイなどの若者言葉です。その数語だけで若者たちはコミュニケーションを成立させているのです。若者が自由に言葉を変えて行くこの傾向は、いつの時代にもあったことで、清少納言も『枕草子』でそのことを嘆いていたと聞きますと、案ずることではないのかも知れません。

「あなたに会えて幸甚です」

 最近、素敵な彼とお付き合いが始まったA子さんは、彼に手紙を書きました。気の置けない友人とのメールと違って緊張します。気持ちを告げるのに何か良い言葉はないかと探しました。「幸甚」という言葉を見つけました。その意味は「この上ない幸せなこと」とありました。これまで一度も使ったことのない言葉でしたが、初めての彼への手紙に、A子さんはこの言葉を書きました。「あなたにお会い出来て私は幸甚です」……。

 新しい語彙に挑戦するA子さんの努力はとても素敵です。でも、どこかおかしくありませんか。この言葉が文脈と合わないのです。この手紙を読んだ彼はどう思ったでしょうか。

語彙を増やすには

 語彙は、読書をする中で自然に増えてゆくのが王道です。英単語を覚えるように、カードをめくって覚えるものではありません。理想を言えば、語彙が増える楽しさを工夫することです。格言やことわざを意識して使うのもよいでしょうが、文脈として身につけるには、詩や短歌を暗誦するのが一番です。名文の一節を覚えるのもお薦めです。昔、フランスの母親は、娘の結婚に際して、「わが家は貧しくて、娘に持たせてやるものが何もありません。ただ娘には、バイロンやハイネの詩を全部覚えさせてあります」と、胸を張って送り出したというのです。昔、読んだ話ですが、感動したことを覚えています。

 江戸時代、日本中に根を下ろし、貧しい庶民の子弟の教育にあたった寺子屋は、『論語』や『金言童子教』の素読を通じて、沢山の語彙を子弟の身体にしみ込ませて行きました。

 電話応対技能検定(もしもし検定)の指導者の会で、激励をこめて私が何度か口にした「滅私奉公(めっしほうこう)」という言葉。昭和とともに消えていった言葉ですが、今、指導者の皆さんの間で、なぜか共感を呼んでいると聞いて嬉しく思います。働き方改革の時代には、合わないかもしれませんが。でも、新しい言葉を一つ覚えると、新しい世界が確実に広がって行くのです。

岡部 達昭氏

日本電信電話ユーザ協会電話応対技能検定 専門委員会委員長。
NHKアナウンサー、(財)NHK放送研修センター理事、日本語センター長を経て現在は企業、自治体の研修講演などを担当する。「心をつかむコミュニケーション」を基本に、言葉と非言語表現力の研究を行っている。

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