電話応対でCS向上コラム

第56回「電話応対とインプロ力」

 電話応対の世界にも、急速にAI(人工知能)の進出が始まっていますが、AIに代わることが難しいものが「インプロ力」のある応対者です。インプロとはインプロヴィゼーションの略で、分かりやすく言うと、シナリオやマニュアルにはない「アドリブ」のことです。インプロ力は、天性の能力ではなく、訓練で磨かれる力でもあります。今回は、このインプロ力について考えていきます。

インプロ力って何?

 「インプロ力」という言葉をご存知でしょうか。正式にはインプロヴィゼーションと言って、演劇や音楽の世界で、台本や楽譜のない即興劇とか即興演奏のことを言うそうです。

 最近、このトレーニング手法が企業の研修などにも導入され、広がりを見せています。要するに、マニュアルにとらわれず、自由な発想で行動していくということでしょう。

 電話応対について言えば、お客さまから、マニュアルでは答えられない想定外の質問を受けた時などに、慌てることなく、柔軟な発想で臨機応変に対応できる能力を身につけようというものです。

 放送の世界では、「アドリブ」という言葉をよく使いました。ディレクターが「アナさん、後はアドリブでよろしくね!」「分かった。任せといて!」そして、アドリブに強いアナウンサーは高い評価を受けていました。災害現場からの中継放送、各種のスポーツ中継などは全て台本がありません。そこで問われるのは、まさにインプロ力でした。そこにはつねに的確に目的を押さえて判断し、適切な言葉で伝える力が求められます。考えてみれば、それは電話応対者に必要な能力と同じなのです。

さらば苦情マニュアル

 20年ぐらい前のことですが、ある外食産業の専務にお会いしたことがあります。その会社は、売り上げは順調に伸びているのですが、それに比例して苦情が増えて困っていました。それも接客サービスや電話応対の社員の態度に対する二次苦情が多かったのです。会社としては万全に苦情マニュアルも作り、教育も行っていました。でも苦情は増えこそすれ、減ることはありませんでした。当時、相談を受けた私も、膨大すぎるマニュアルが気になった程度で、特に改善策も見つかりませんでした。

 ところが、それから数年、その専務の悩みは見事に解消されていました。会社が打った手は、苦情マニュアルを一切なくしたのです。そして、「時間がかかっても良いから、お客さまの苦情は沢山聴こう」という姿勢に変えたそうです。それによってインプロ力の高い応対者が増えたというのです。その頃のビジネス社会には、インプロ力という言葉はまだなかったと思います。でも、その目指していることは、まさにインプロ力だったのです。

インプロ力の効果

 マニュアルをなくしたことで、なぜインプロ力が育ったのでしょうか。インプロ力によってもたらされる効果を5点にまとめてみます。

①全体状況を押さえて、考えて話すようになる。
②相手の言葉をしっかり聴くようになる。
③想定外のことにも、的確な判断で対応できるようになる。
④言葉に対する感覚が鋭くなる。
⑤会話の「間」や表情が自然になる。

 もちろん私はマニュアルを全否定するわけではありません。マニュアルは会社の方針に沿った判断のベースです。ただし、お客さまは千差万別、性別も年齢も性格も職業も違います。そのことを無視してマニュアルに忠実な応対をしていては、お客さまの満足は得られないでしょう。その時こそ、インプロ力の出番なのです。

AI時代のインプロ力

 電話応対の世界にも、急速にAIの進出が始まっています。かと言って全てがAIに代わるわけではないでしょう。簡単に言えば、マニュアル化できるものはすべてAI化されるといいます。残るのは何か。インプロ力のある応対者です。インプロ力は天性の能力ではない。訓練で磨かれる力なのだそうです。電話応対技能検定(もしもし検定)も電話応対コンクールも、事前に提示された課題に対応するのではなく、その場でのインプロ力を試す方式を取り入れた時には、新たな課題が生まれる可能性があると思います。

岡部 達昭氏

日本電信電話ユーザ協会電話応対技能検定 専門委員会委員長。
NHKアナウンサー、(財)NHK放送研修センター理事、日本語センター長を経て現在は企業、自治体の研修講演などを担当する。「心をつかむコミュニケーション」を基本に、言葉と非言語表現力の研究を行っている。

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