電話応対でCS向上コラム
第127回 「AIを知り己を知る」記事ID:C10126
AIとは何でしょうか? これはいきなりの愚問でしたね。この「人工知能」は今やあらゆる分野に広がり、驚異的な活躍をしています。AIなくしては、社会のさまざまな部分で機能不全を起こすでしょう。通信業界にもその勢いは広がっています。皆さんの職場でもAIがオペレーターとしてすでに活躍している会社もあるでしょう。今回は、そのAIオペレーターとこれからの電話応対について考えます。
孫子の兵法に学ぶ
ご存じの方は多いと思いますが、中国の春秋時代末期に表された孫子の兵法に「敵を知り己を知って百戦して危うからず」という有名な言葉があります。「戦においては、敵を研究しその戦力を知ること。そして自軍の得手不得手をしっかりつかんでおくことが大事だ。そうすれば百戦しても敗れることはない」と説いています。
ひるがえって、この孫子の兵法を電話応対に当てはめて考えてみましょう。もちろんAIオペレーターは敵ではありません。自社内で仕事の住み分けをしていく同業者です。その仕事ぶりの特徴を知ることは、AI時代に、人間オペレーターが担う電話応対業務の有りようを考える時に大いに役立つと思うからです。
AIはすでに、さまざまな分野で音による表現を担っています。電話応対、CM、案内・説明、リードニュース、さらには先ごろの選挙の政見・経歴放送でもAIの音声をたくさん聞きました。しかしそれらの音声には、明らかに人間の声とは違う違和感があります。意味は伝わっても、メンタルな情感が全く伝わってこないのです。
AIオペレーターとは何者?
とは言っても、生成AIの驚異的な進歩は、ビジネスに、暮らしに、劇的な変化をもたらしています。通信業界、中でも電話応対については、人間にとって代わる勢いが続いています。コンタクトセンターでの初期応対も人間からAIへと代わりつつあります。「自分たちの仕事はなくなるのではないか」という不安の声も聞くようになりました。しかし、私はなくなることは決してないと思います。AI時代が進むほどに、人間オペレーターへの期待感は大きくなっているのです。それは、人間の声による、より人間的な電話応対への期待です。
ここで表題の孫子の兵法の登場です。皆さんは、AIオペレーターとは何者か? 表現上のその特質を考えたことがおありですか。AIは無駄がない。間違わない。とちらない。即答する。安定した話し方。言葉づかいは丁寧。判断が速い。心身のトラブルがない。などのメリットが挙げられます。その仕事ぶりは誠に効率的なのです。ただ、人間オペレーターと比べた時に、その評価はどうでしょうか。
AIの音声と人間の音声の違い
前号でも書きましたが、AIのしゃべりは「音」です。人間のしゃべりは「声」です。音は情を伝えません。声はその話し方で、言葉の持つ心を伝えることができるのです。この決定的な違いは、AIが今後どれほど精度を高めても、多様で微妙な表現ができる人間の声を真似ることはできないでしょう。このことを前提として、ここで、現段階での電話応対におけるAIのしゃべりが、人間の応対とどう違うかを、もう少し具体的に検討してみましょう。
① AIの応対は、確実に伝えるために必要な繰り返しをしません。
② AIは、相手が話しやすくなる相づちを打ちません。
③ AIは共感を伝える感嘆詞を使いません。
④ AIの「間」は等間隔で「間」が語ることはありません。
⑤ AIは考える「間」をとりません。
⑥ AIは、高低、大小、強弱、緩急、息の声などを使い分ける、表情のある話し方をしません。したがって、喜怒哀楽の表現や自然な話し方をするのが苦手です。
⑦ AIは倒置法や省略法などのスキルは使いません。
AIにできない応対力を磨く
このように書きますと、AIオペレーターの応対を否定しているように受け取られそうですが、そうではありません。急速にここまで精度を高めているAIの能力には驚嘆するばかりです。それは後戻りすることはないでしょう。であれば、人間はAIにできない応対を目指すことです。
デジタル社会、AIの時代、メール万能の時代、人と人とのつながりは乾く一方です。お客さまに感動と安らぎを感じていただける、一歩進んだ人間の電話応対が待たれます。
岡部 達昭氏
日本電信電話ユーザ協会電話応対技能検定委員会検定委員。
NHK アナウンサー、(財)NHK 放送研修センター理事、日本語センター長を経て現在は企業、自治体の研修講演などを担当する。「心をつかむコミュニケーション」を基本に、言葉と非言語表現力の研究を行っている。