電話応対でCS向上コラム

第117回「令和の電話応対教育」

記事ID:C10097

生成AIの進歩は、私たち日本人がもともと苦手な話し言葉を、さらに苦手にしているようです。口数が減ると、思考力の減退を招き、人間関係も希薄になります。今回は、AIと競合しつつある二つの話し言葉を考えます。

AIがニュースを伝えるのはなぜ

 一年ぐらい前から、講演や研修に行きますと、必ずと言ってよいぐらい訊かれる質問があります。「最近NHKのニュースを見ていると、アナウンサーが伝えた後に、1、2本のニュースをAIのアナウンサーが伝えているのですが、あれはどういう意味があるのですか」。こう訊かれても、私は今はもうNHKの人間ではありませんから、答えようがありません。ただ、推測すれば、「成長を続けるAIを使っての、効率化のテストではないでしょうか」とお答えします。このところ精度を上げているAIアナウンサーの、さらなる力の向上を図るとともに、視聴者の皆さんにも、AIのアナウンスに慣れていただくことを意図しているように思うのです。逆に、「AIのアナウンスをお聞きになっていかがですか?」と質問しますと、ほとんどの方は、「特に違和感は感じません」とおっしゃいます。実はこの反応はショックなのです。AIのニュースは、私どもの耳で聴きますと、ただ原稿の文字を音声化しているだけで、伝えるニュースにはなっていないのです。これからも、生成AIは多面的な広がりを持って進歩するでしょう。そして、AIアナウンサーたちは、人間と同等の、さらには人間を超える表現力を持てるようになるのでしょうか。

ひるがえって電話のオペレーターは?

 そこで気になりますのが、最近増えつつある電話のAIオペレーターです。電話もアナウンスと同じく、音声表現によるメディアですから、聞く・話すという根源的な能力を問われます。そのAIオペレーターが、利用者からどのような評価を受けているのかというデータは残念ながら持ち合わせません。しかし私の受ける印象は、アナウンスと同じなのです。きれいで上手なのですが、それはマニュアルやスクリプトの文字の音声化であって、残念ながら自然な会話ではないのです。アナウンスと同じで、電話は用件が伝われば良いと割り切れば、これでいいのかもしれません。しかしそれではAIアナウンサーと一緒です。
 電話は大事なコミュニケーションの手段です。用件だけではなく、心が伝わってこそ、AIの応対とは一線を画した、人間の応対となるのです。

上手な応対でなくてもよい!

 親切、丁寧、正確、迅速、この四原則の実現を目指した電話応対教育は、電話応対コンクール(以下、コンクール)の上位入賞者にみられるように、きれいに上手に話す素敵な応対者を輩出してきました。しかし、ユーザ協会のもう一つの事業である「企業電話応対コンテスト」(以下、コンテスト)の上位入賞者と比べると、明らかな違いがあります。コンクールのほうは、磨き抜かれた模範的な上手な応対です。一方、実際の応対を審査するコンテストのほうは、台本も状況設定もありません。事前情報は何もないのです。ですから、絶句したり嚙んだりもします。でもその応対はとても自然なのです。間、緩急、強弱、高低、息の声、繰り返し、倒置法などが、さりげなく使われています。想定外の要求や質問にも丁寧に答えています。それは決してスマートで上手な応対ではないかもしれません。時には敬語や言い回しを間違えることさえあります。でも、誠実に、真剣に温かく接する応対であれば、そのほうがお客さまはきっと満足なさるでしょう。

人間オペレーターが目指すもの

 完璧で、いわゆる上手な応対は、早晩、AIオペレーターが容易に実現するでしょう。そこで賢明な人間オペレーターは、AIにできないことを考え始めました。まずは指導者の意識改革です。「普段の電話応対の指導と、コンクールでの指導は違います」と、言い切る指導者もいます。そのような意識では、指導者も、教わるオペレーターも、そして審査に当たる審査員も、自己撞着(じこどうちゃく<)を起こしかねません。今必要な教育の柱は四つです。①は聴き、訊く力、②は先が読める判断力、③は心を伝える「息の声」の表現力、④は同じく心を伝える多様で適切な「言葉」の習得です。それが身についた時、電話は自然な応対になります。「心」を伝え、人と人とをつなぐことこそ、文字ではない、声の電話の役割だと考えています。
 4月には、来年度の電話応対コンクールの問題が発表になります。そして、生成AIから汎用AIに、AIの進歩はさらに新しい時代に踏み込もうとしています。何をどう変えていけばよいのか、令和の電話応対教育を、指導者の立場で、今ご一緒に考えませんか。

自己撞着(じこどうちゃく<)
同じ人の文章や言動が前と後ろとで食い違って合わないこと。

岡部 達昭氏

日本電信電話ユーザ協会電話応対技能検定委員会検定委員。
NHK アナウンサー、(財)NHK 放送研修センター理事、日本語センター長を経て現在は企業、自治体の研修講演などを担当する。「心をつかむコミュニケーション」を基本に、言葉と非言語表現力の研究を行っている。

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