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電話応対でCS向上コラム

第116回「速いと遅い」 記事ID:C10094

言葉には「対義語」という分類があります。高い低い、多い少ない、右左、大小、裏表など、対立する意味を持った二つの語を言います。対義語の数は膨大です。そしてその二つの語は、それぞれに明確な意味を持ち、多くのことを表現しています。今回はその中から、「速いと遅い」を取り上げて考えます。

タイパに急かされる

 速いと遅いを比べれば、価値を持つのは速いことのほうで、遅いは常にマイナーです。古来の伝承や格言を探しても、遅くて得をしたのは「ウサギと亀の駆け比べ」ぐらいでしょうか。格言の中には「急がば回れ」というのもありますが、遅さを賛美しているわけでもなさそうです。
 新型コロナウイルス最盛期に「タイパ」という言葉が流行り始めました。ご存じの通りタイムパフォーマンスの省略語で、時間対効果を表します。新型コロナウイルス感染を避けて、大学の講義の多くがオンライン化されました。動画で見る講義の時間を節約して、倍速で視聴したり、一部を飛ばして見る学生が増えました。映画やテレビ番組を短く編集して提供するコンテンツも登場し、音楽から書籍まで、タイパは若年層を中心にあっという間に浸透していきました。2022年には、新語大賞にまで選ばれたのです。
 緊急避難として、やむなく大学の受講体制を変えてしまったこの傾向を、否定するわけには参りません。それは一つの工夫であり、進歩でもあるからです。しかし、タイパによる講義ソフトは、沈黙や思考の「間」はカットします。その結果は、思考判断や、想像力も情感もなくなり、ストーリーだけになります。それを考えると、若者たちが、こうしたタイパに慣らされていくことには危惧を覚えるのです。

心配な子どもたちへの影響

 若者たち以上に心配なのが、子どもたちへの影響です。昔、私たちが必死で読んだ全集物の文芸作品も、今やタイパのダイジェスト版が大流行だそうです。大人はそれなりに判断して行動するでしょうが、子どもたちへの影響が心配です。子どもたちは、要約本や動画に慣れるほどに、じっくりと活字の本に触れる時間が減っているのです。その結果は読解力の低下につながります。2018年度のPISA学習到達度調査では、調査対象79ヵ国中、日本の子どもの到達度は15位で、さらに年々順位を下げているそうです。読解力の低下は、思考力、判断力の低下につながります。それでなくても、デジタル社会はすべからく効率化の方向に進んでいるのですから。
 じっくり考える、じっくり読む、じっくり話す、じっくり取り組むことがなくなりました。中でも、じっくり考えることをしなくなったことが大きな問題です。
 2023年の秋、日本中の話題をさらったことの一つに、将棋の藤井聡太八冠の誕生があります。藤井八冠について、先輩の谷川浩司十七世名人が語っていました。「対局序盤の長考こそが藤井さんの強さだ」と。指し手が決まり、持ち時間にまだ余裕があっても、藤井八冠はぎりぎりまで長考する。それが彼の強さを生んでいるというのです。
 スマホやパソコンが、立ちどころに解答をくれる時代です。幼児期から、そうしたタイパ環境に育つ日本の子どもたちの現状を、大人が真剣に考えなければならないでしょう。

じっくり考えゆったり話す

 タイパに象徴される日本人の気忙しさは、今、私たちのくらしやビジネスの随所に、さまざまな弊害をもたらしつつあります。中でも、話し方の速さや平板さが気になります。私がアナウンサーになった昭和30年代は、ニュースを読むスピードは、1分間に320字前後という指導を受けました。やがてテレビの時代になり、秒単位でCMを伝えるタレントやアナウンサーの早口が、一般にも伝播していきました。
 早口のもたらす弊害とは、間がなくなる、発音が甘くなる、表情がなく平板になる、繰り返しがない、倒置法(語順の入れ替え)などを使えない、とちりや誤読、言い間違いのリスクが増える、などです。こう見てきますと、「速い」に価値があるとは到底言えないでしょう。
 IT先進国では、今成長を続けるAIへの警戒を強めています。私たちも、先を求め過ぎることなく、じっくり考え、行動し、ゆったりと話す、遅いことの価値を考えませんか。

※ PISA学習到達度調査
義務教育終了段階の15歳の生徒が、それまでに身につけてきた知識や技能を、実生活のさまざまな場面で直面する課題にどの程度活用できるかを測る調査。調査の結果から、自国の教育システムの良い点や課題についての情報を得ることができ、国の教育政策や教育実践に活かすことができる。

岡部 達昭氏

日本電信電話ユーザ協会電話応対技能検定委員会検定委員。
NHK アナウンサー、(財)NHK 放送研修センター理事、日本語センター長を経て現在は企業、自治体の研修講演などを担当する。「心をつかむコミュニケーション」を基本に、言葉と非言語表現力の研究を行っている。

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