電話応対でCS向上コラム

第106回 「流暢過ぎても伝わらない」

記事ID:C10065

毎年恒例のユーザ協会の電話応対コンクールの総括が、先月号で終わりました。4月号では、早くも令和5年度の課題が発表になります。どんな問題が出るのか楽しみです。今回はこのコンクールを取り上げて、外野席から見えるこれからの電話応対を考えます。

電話応対コンクールとの 関わりの中で

 全国電話応対コンクールに、私は古く昭和50年代から多少の関わりを持ってきました。コンクールを通じて日本語への関心を高め、電話応対技能の向上を目指すという趣旨に大いに賛同してきました。しかし反面、これが電話応対なのだろうかという疑問もありました。スクリプトを書き、それを覚えて見事に流暢に話す選手たち。これでは応対力というよりも、暗記力、演技力の勝負ではないかと思えたのです。
 それから数十年、コンクールも徐々に変わってきました。考える問題、苦情対応などメンタルな要素を取り入れた問題、聴き取り訊き出す力を重視した課題も出るようになりました。コンクールは時代の変化に添いながら、選手たちに新しい能力やスキルを要求するようになったことを感じました。

取り巻く日常が変わる

 電話応対コンクールは、常に日常の応対業務に添ったものであったはずです。その日常が変わりました。劇的に普及したスマホが、電話応対を大きく変えました。伝言や道案内など、かつて大事であったスキルの指導は影を潜めました。LINEやSNSによる情報交流も、今や皮膚感覚にまでなっているのです。若者たちの間では、「タイパ」(タイムパフォーマンス)と呼ばれる時間当たりの生産性を重視する伝達方法が一般化しつつあるようです。電話も用件の伝達だけになりますと、必然的に会話力は落ちます。人と人とのつながりを、希薄なものにしているのです。

もっと柔軟で 楽しい大会を望む

 IT環境の激変の中で、さらに3年を経てなお収まらないコロナ禍を背負いながら、ここまで継続しているコンクールのエネルギーとその魅力、それを支える関係者の努力は、本当に素晴らしいと思います。しかし、私もかつて全国大会で審査員を務めたことがありますが、丸一日60人近い選手の演技を聴いて審査をするのは、大変な苦痛でした。県大会を勝ち上がってきた選手たちのレベルには、それほどの差はないのですから。
 もっと楽しいコンクールにならないだろうか?優等生の答案のように、流暢で画一的な応対が並ぶのではなく、多様なアプローチが可能な応対です。方言丸出しの楽しい応対、明るい個性が弾むような応対、とちっても絶句しても、誠実で温かい応対、そうした多様な応対を認める大会であれば、IT時代にも輝く大会になることでしょう。そのためには制約の少ないインプロ※問題にして、柔軟でフレキシビリティの高い審査員を据えることです。
 以上は責任のない外野席からの発言ですが、内野席も含めてよく耳にする声でもあります。

審査のポイントを どこに置くのか

 以上のような変革は、容易にできることではないことは承知しています。しかし、文字の音声化による音声表現の不自然さは、直ちに矯正可能です。不自然になるのは、スクリプトの記憶に向かって話すからです。話す相手をイメージして、その人と会話することです。
 以前にご紹介したことのある世界有数の名門、オックスフォード大学に伝わる話し方の極意「オックスフォードアクセント」。その極意のポイントは
訥々と つと つと話せ!」でした。立て板に水のような流暢な話し方では伝わらない、というのです。今、登場したAIオペレーターは、ほぼ完ぺきに自在に、話し方のスキルを身につけてくるでしょう。しかし、これからの人間オペレーターに必要なことは、スキルを超えた、「誠実さ」と「信頼感」による差別化だと、私は信じています。

声の表情の トレーニングは必須

 脚本家の山田太一さんが「感情の世界は深くて広い。人生の半分は『言葉』だけど、その半分は『心のことばだ』」と言っています。心のことばを伝えられるのは「声」です。AIにはできない微妙な「声の表情」なのです。「お電話ありがとうございます」「いつもお世話になっております」「お待たせして申し訳ございません」。これらに代表される「心を伝える言葉」は、コンクールで聴いても、その多くはパターン化して聞こえるのです。人間にしかできない声の表情トレーニングは、これからのコンクールの必須課題の一つでしょう。

※インプロ:インプロヴィゼーションの略で、シナリオやマニュアルにはない「アドリブ」のこと。日本語では「即興」。

岡部 達昭氏

日本電信電話ユーザ協会電話応対技能検定委員会検定委員。
NHK アナウンサー、(財)NHK 放送研修センター理事、日本語センター長を経て現在は企業、自治体の研修講演などを担当する。「心をつかむコミュニケーション」を基本に、言葉と非言語表現力の研究を行っている。

関連記事

入会のご案内

電話応対教育とICT活用推進による、
社内の人材育成や生産性の向上に貢献致します。

ご入会のお申込みはこちら