電話応対でCS向上コラム

第96回 「書かずに話そう!」

記事ID:C10040

スピーチでもプレゼンでも挨拶でも、必ずと言ってもよいぐらい、日本人は先ず原稿を書く習慣があります。書いたものを覚えてそれを音声化するのです。政治家の演説や答弁、社長の訓示、学者の研究発表、高度なプレゼンなども然りです。それらの中には厳密に間違いは許されないものもあるでしょう。しかし、電話応対のコンクールやトークの指導、ちょっとした挨拶や自己紹介まで、スクリプト※1を書かなければ不安で話せないという人が、私たちの周りに少なからずいるのは残念なことです。

ほかの例に見る

 アメリカでの生活が長かった知人に、「アメリカ人も原稿を書くのか」と訊いてみました。「しっかりした話をする時には書いているよ。ただし、それを読むことはまずない。話す時にはしっかり顔を上げて話している。彼らは話すことが大好きだからね。一旦原稿を書くのは、自分の考えをまとめるためであって、トークの台本ではない」というのです。つまりメモ程度のものなのでしょう。
 私の前職であったアナウンサーには、原稿や台本がある仕事と、原稿などなしに話す仕事の両方がありました。リードニュースやナレーションは必ず原稿があります。ステージ司会やスタジオ番組は、構成台本はありますが原稿はありません。そして、実況中継やインタビューには資料はあっても、原稿はないのです。中でも目の前で行われているスポーツ競技の興奮を、的確な言葉で伝えるスポーツ中継は、アナウンサーにとって、やり甲斐のある仕事でした。そして電話応対もまた、マニュアルはあっても原稿はない仕事の典型のはずです。

あるスポーツアナの 大失敗

 大分以前のことです。ある大きなスポーツ大会の開会式のメインの中継を、若手のUアナウンサーが担当することになりました。大抜擢だったのです。彼は張り切りました。「みちのくの紺碧の空は、今日という日を待ち兼ねたように、どこまでも晴れあがっています」Uアナの歯切れの良い実況が始まりました。出足は好調でした。ところがそのあとの選手入場に、大きな陥穽かんせい※2が待っていました。県別の入場行進の学校名を間違えたのです。行進の順番が当初とかなり入れ替わっていたのを、彼は確認をしていませんでした。プログラムに沿って、一口コメントまでつけて準備していたスクリプトは、大きくずれていました。そのずれたままのスクリプトを、彼は調子よく読み上げて中継を続けました。行進を見ていなかったのです。当然苦情が入ります。ディレクターに指摘されて慌てて正規に戻しましたが、動揺は隠せず、散々な中継になってしまいました。この不始末で、前途洋々であった彼のスポーツアナとしての評価は一気に下がりました。やがて彼は依願退職してNHKを辞めて行きました。

常にリアルな変化に 対応する

 スクリプトを絶対に書いてはいけないということではありません。必要な場合もあるでしょう。しかし、あくまで中継の基本は、準備をした資料を基に、いま眼前で行われているリアルな情景や変化を伝えることです。実況には、どんなアクシデントがあるか分かりません。変更もまた然りです。絶えず臨機応変に伝える力が問われるのです。
 実況中継やインタビューと同じように、電話応対もまた、お客さまのリアルな変化や要求に適切に対応できてこそ信頼につながります。AI時代には、その力をより厳しく求められるでしょう。もしもし検定で、「スクリプトは書かないように」と言い続けているのはそのためです。

スクリプトを書く時そこに伝える相手はいない

 対面や電話で話す時には、伝える相手が必ずそこにいます。しかし、スクリプトを書く段階では相手はそこにはいません。ですから伝える話し方にはならないのです。そこにあるのは、上手に話そう、きれいに話そう、間違わずに話そうという意識と、スクリプトを覚える記憶力です。相手のことを考えながら話す「間」や「声の表情」はありません。くり返しや倒置法などによる際立たせ、臨機応変のアドリブもありませんし、絶句や言い間違いもほとんどしません。その整然とした話し方が、いくら自然らしく振舞っても、かえって不自然に感じるのです。電話の応対は常に1対1の声による対話です。相手への共感や思いやり、批判や怒りさえも受け止めます。書かずに話せることは訓練です。そのことに慣れることが、その自在で誠実な応対力を育ててくれるでしょう。

※1 スクリプト: 放送用の原稿や台本、脚本のこと。
※2 陥穽かんせい:落とし穴のこと。また、人を騙したり失敗させたりするための計略。

岡部 達昭氏

日本電信電話ユーザ協会電話応対技能検定委員会委員。
NHKアナウンサー、(財)NHK放送研修センター理事、日本語センター長を経て現在は企業、自治体の研修講演などを担当する。「心をつかむコミュニケーション」を基本に、言葉と非言語表現力の研究を行っている。

関連記事

入会のご案内

電話応対教育とICT活用推進による、
社内の人材育成や生産性の向上に貢献致します。

ご入会のお申込みはこちら