電話応対でCS向上コラム

第94回 「“きく”力をみがく」

記事ID:C10036

昭和の頃から、企業で電話応対業務に携わり、その後、長く後輩たちの指導に当たってこられた先達の話を聞く機会がありました。「当時は、敬語、言葉づかい、説明力の指導が中心でしたが、一番大変だったのは『“きき”方』の指導でした。お客さまの苦情やニーズが商品開発など会社経営に直結するのですから」その方の話を聞いて、私の認識の甘さを反省致しました。時代は大きく変わりましたが、“きく”力の重要性はさらに増しています。

「聴く(訊く)力」は判断力を支える

 「電話応対とは“きく”ことである」という言葉が、安全弁のように安易に独り歩きをしているように思います。しかし、“きく”力ほど見えにくいものはありません。聴いている振りをしているだけでも、よく聴いてくれているようにも見えます。何を聴き取ったかも曖昧ですし、関心の度合いも不明です。耳を音が素通りしただけかも知れません。煎じ詰めれば、大事なのは“きく”ことではなく、聴き取った情報なのです。
 ビジネスでも暮らしでも、人間力の真価を決めるのは「判断力」です。的確な判断力を備えた人間が勝ちます。判断を支えるのは的確な情報です。コミュニケーションにおいても電話応対においても、“きく”ことが最も大事だと言いながら、私たちは、その「“きく”こと」が苦手なのです。“きく”とは、言葉を聴くのではなく、意味内容を聴くのです。そしてしっかり考えるのです。その結果が、確かな判断に結びつきます。

命を賭した伝令の役目

 聴いて得た情報が、確かな判断に結びつくには、聴き取る力のトレーニングを繰り返すことが必須の条件です。昔は情報を得るには、リアルに見るか、聴くしかありませんでした。ネット社会の今は、小さなスマホ一つからでも、何百、何千、何万倍の情報が、いとも簡単に手に入ります。その分だけ、聴き取る人間の耳の力が劣化しているように思います。
 日本に軍隊があり、外国と戦争をしていた頃の話です。離れた部隊に、口頭で上からの命令を伝えるのに、伝令という役目の兵隊がいました。前進や退却など、全軍の勝敗と命に関わる伝言ですから、一言でも間違いは許されません。一切紙は残さない、全て頭で覚え、口頭で伝えなければいけない。それも弾丸の飛び交う戦場での話ですから、伝令の役目の厳しさは、察するに余りあります。

昔、伝言ゲームがあった

 第二次世界大戦の終わった戦後の教育に、この旧軍隊の伝令システムが、ゲーム化して使われていました。児童・生徒たちが5・6人で1チームを作ります。チームごとに伝言を受ける順番を決めます。それぞれのチームのリーダーに伝言メモが渡されます。「火の用心の巡回キャンペインを行う。2月12日(土)午後6時から、対象5・6年生、希望者は公民館横広場に集合、主催自治会」ここには五つの情報が入っています。リーダーはメモ内容を覚えて1番目の人に伝えます。以下2番目は3番目に、3番目は4番目に、そして5番目まで行きます。5番目のアンカーは受けた伝言の内容を、全員の前で発表します。遠い昔の記憶ですが、1番目のリーダーが伝えた情報が、間違いなくアンカーにまで伝わったチームは、一つか二つしかありませんでした。正確に伝えるには勿論書いて伝えるに越したことはありません。しかし、この伝言ゲームが流行ったのは数十年前の昔です。さまざまなツールが発達した今のほうが、耳で聞くだけだったその頃より聴く力は落ちているように思います。お客さまの電話は、判断のための情報収集に始まります。その意識でまずしっかり聴いてください。

聴いたことを第三者に伝えられるように

 伝言ゲームの良さは、聴いたことを、そのあとすぐに第三者に伝えなければならないことです。そのことを意識しておくだけで、聴き方が変わります。整理しながら聴けるようになります。話を聞くことは、常にお客さまとの共同作業ですから、決して急がないことです。お客さまが安心して話せる状況を作ることです。例えば、お客さまの話に積極的に共感をしめすこと。お客さまの言葉を短く繰り返す相づちなども、安心感一体感に繋がります。
 AIの時代、今後AIがどこまで聞く力を伸ばすかは分かりません。しかし、IT化による効率化の波は、「“きく”力」という人間力まで飲み込む恐れがあるのです。

岡部 達昭氏

日本電信電話ユーザ協会電話応対技能検定委員会委員。
NHKアナウンサー、(財)NHK放送研修センター理事、日本語センター長を経て現在は企業、自治体の研修講演などを担当する。「心をつかむコミュニケーション」を基本に、言葉と非言語表現力の研究を行っている。

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