電話応対でCS向上コラム

第91回 「心を打つ言葉」

記事ID:C10032

人類の進歩は、いつの時代も言葉とともにありました。情報を伝え合うのは言葉、気持ちを理解し合うのも言葉です。動物の世界にも、危険を知らせたり、空腹を訴えたり、異性にアピールしたりする簡単な言葉はあるようですが、複雑な技術や高度な感情表現を可能にした言葉は人間だけのものでしょう。ところが、ここに来てAIが言葉を話すようになりました。進歩を続けるAIの言葉の可能性を、スポーツを例に人間の言葉と比較しながら見てみましょう。

AIの言葉で感動できますか

 心を持たないAIは、現段階では相手を感動させることはできません。同時に相手の感動を受け止めることもできません。しかし、ディープラーニングで、AIに感情表現を教え込もうという研究は着々と進んでいるようです。喜怒哀楽まで表現できるAIの登場は、私には許せない気がしますが、そのAIの進歩にブレーキをかけるとすれば、方法はただ一つ。人間の感情表現をAIには容易に真似のできないレベルまで高めることでしょう。
 私たち日本人は、細やかで優れた情感を持った国民の筈です。ところが、欧米人などと比べると、情感の表現は控えめで誠に地味です。欧米人は喜びも悲しみも、全身のパフォーマンスで表現します。今年はオリンピック・パラリンピックで世界中の民族が日本に集まりました。そこでどのようなパフォーマンスがあり、勝利者たちの言葉が聴けるか、私は楽しみにしておりました。しかし、無観客、無声援の厳しい規制の中で、各会場、各競技とも地味で、オリンピック史に残るような名言もパフォーマンスも、控えめだったようです。

心を打ったメダリストたちの言葉

 過去の五輪では、人々の心を捉え、流行語にまでなった数々の名言があります。有森 裕子さんの「初めて自分で自分を褒めたい」岩崎 恭子さんの「今まで生きてきた中で一番幸せです」北島 康介さんの「チョー気持ちいい!」などは、今も鮮烈に私たちの記憶に残っています。それは事前に準備された言葉ではなく、勝利の直後に彼らの口から出た自然な感情表現だからでしょう。シドニー五輪の柔道100キロ超級で銀メダルを得た篠原 信一さんは、世紀の大誤審として世界中から非難された審判の誤審で、勝っていた試合の金メダルを手にすることができませんでした。その時、記者に気持ちを訊かれた篠原さんは、ただ一言、「私が弱いから負けたのです」と答えたのです。その一言の潔さが、世界の称賛を浴び、人々に感動を与えました。

支えてくれた人への感謝の言葉

 今年の東京オリンピックでは、どのような名言が聴けるかを、楽しみにテレビを見ておりました。しかし、残念ながら、流行語になるような、シンプルに胸を打つ一言は聴かれませんでした。卓球のシングルス準決勝で、中国選手に0-4で敗れた伊藤 美誠さんが、珍しく涙を浮かべていました。「その涙は?」と訊かれて、唇を噛みしめながら、「悔し涙です!」ときっぱりと答えたその一言ぐらいでしょうか。
 でも全体では、大きな特徴がありました。メダルを首に、喜びを語る選手たちのほぼ全員が、まず、「今日まで支えてくれたたくさんの人のお陰です」と感謝の言葉を述べていたことです。それは、期待に添えず敗れた選手たちの言葉も同じでした。当たり前と言えば当たり前ですが、その言葉は、決しておざなりには聞こえなかったのです。コロナと戦い、世界と戦い、自分と戦って頂点をつかんだ選手たちの、心からの感謝の気持ちだったのだと思います。どのような時代になっても、究極の人生は「人と人との支え合い」だと私は思っています。メダリストたちの口から出る、汗と涙と感謝の言葉を、AIはいつ習得するでしょう。

この言葉、AIに言えるでしょうか

 ゴルフ競技女子の部で日本人初のメダリストになった稲見 萌寧さんは、銀メダルを争って、世界ナンバー1の実績のある強豪とのプレイオフになった時に、「私はプレイオフを3戦して3勝、100%勝ってきた」と自分に言い聞かせたそうです。1日10時間、誰にも負けない練習量が、その言葉を言わせたのでしょう。そして見事に勝利しました。
 柔道女子48キロ級で銀メダルを獲った、渡名喜 風南さんのお母さんの言葉。「死ぬこと以外はかすり傷!」厳しい稽古の明け暮れで、怪我の絶えない娘に言った、冷たくも温かい、母の励ましの言葉です。AIに言えるでしょうか。

岡部 達昭氏

日本電信電話ユーザ協会電話応対技能検定 専門委員。
NHKアナウンサー、(財)NHK放送研修センター理事、日本語センター長を経て現在は企業、自治体の研修講演などを担当する。「心をつかむコミュニケーション」を基本に、言葉と非言語表現力の研究を行っている。

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