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電話応対でCS向上コラム

第89回 「心に届く表現力」

「言葉の果たせる役割は終わった」という気になる見出しが、6月8日(火)毎日新聞の夕刊2面に大きく載っていました。国語学者・金田一 秀穂さんの談話を記事にしたものです。コロナ禍の世界では、「人流抑制」などという新しい言葉を繰り返して、国民に我慢の時と呼びかけても、人の感情には届かず上滑りしている、とおっしゃるのです。今回は、「心に届く表現力」について考えます。

対話で磨く表現力

 日本語は書き言葉中心に発達した言語です。文字で書く言葉は誠に豊富です。自然現象や、体や心の動きの表現も多彩ですし、色の表現なども豊かです。ピンク系一つとっても、さくら色、薄紅色、桃色、淡紅色、それにピンクと、微妙な色のイメージを表現できるのです。ところが、その言葉を音声化すると途端に、語彙ごいは一気にしぼんでしまいます。微妙なニュアンスやイメージの違い、「間」や溜めの情感、心のひだまでは到底伝えられないでしょう。喜びや悲しみ、感謝や謝罪の気持ちも、どんなに無表情で棒読みであっても、その言葉を言ったという事実さえあれば、日本人は許してしまうのです。この傾向は、デジタル時代の進行とともに、ますます顕著けんちょになっています。心に届く表現力は、対面での生きた対話と電話によって磨かれます。メールやチャットでは磨かれません。

舞台俳優が磨く音の表現力

 知人の新劇の演出家から、舞台俳優の音声表現のトレーニングの一端を聞いたことがあります。「分厚い紙とペラペラの紙」、「赤いバラと白いバラ」「石見銀山と東京の銀座」。例題の下線部分の違いを音声で表現させると言うのです。大変に高度な訓練に思えますが、俳優たちにとっては、この程度は基礎訓練なのだそうです。
 一方で、今やAIアナウンサーやAIオペレーターが登場して、ほとんど違和感を感じさせない音声表現で話しています。私が日本語センターにいた頃は、まだまだ人工音声研究も初期段階で、駅のアナウンスなどは、アナウンサーの声を音節ごとに分解して、それをつなぎ合わせるのだと聞いたことがあります。その頃、研究者の一人から、「が痛い、にきた、の体操と言うときの三つの『ア』は、音声分析をすると全部違う『ア』なんですよ。そこまで意識してアナウンスしてますか?」と言われて、微妙な音の違い、意識して音を出すことの難しさを知らされました。この音の表現力は、今後の大きな課題となるでしょう。

声楽家の歌唱指導

 百歳を超えてなお、現役の指導者として活躍されていた、メゾソプラノ歌手の嘉納 愛子さんの指導風景を拝見して感動したことがあります。
 指導を受けていたのは、第一線のベテラン指導者たち。「ちょうちょちょうちょ なのはにとまれ!」と、お馴染みのわらべ歌を歌わせます。
 「ちょうちょが飛んでない!」「なの花が見えない!」「それじゃ全然絵が浮かんでこない!」
 嘉納さんの指導は、それは厳しいものでした。嘉納さんの指導風景を見ながら、アナウンスも朗読も同じじゃないか。そして今、電話応対もまた同じだとつくづく思うのです。文字ではない、意味だ。文字の表現から抜け出せない限りは、心を届けることはできないのだと。

AI、頑張ってはいるが……

 指導者Kさんから教えていただいた、某AIコールセンターの応対模様をご紹介します。
AI:お電話ありがとうございます。AIがお受けいたします。どういうご用件でしょうか。
お客さま:お腹が痛くてたまらないの。
AI:承知いたしました。内科の受診のご予約ですね。いつがよろしいですか。
お客さま:今すぐがいいんだけど。
AI:かしこまりました。本日7時に○○病院を予約いたしました。お大事に!
 この間わずか1分弱、誠に手際の良い応対ですが、これでお腹が痛いお客さまは満足したでしょうか。
 このAI応対には人間の心が感じられません。でも、こうした事務的な応対に、あっという間もなく私たちは慣らされてしまうのでしょう。そして、AI応対はこれでいいのだと割り切る人が増えてくるような気がいたします。
 このことは、電話応対に限りません。冒頭の金田一 秀穂さんが言われる通り、「人の感情に届かない上滑りの言葉」が行き交う、乾いたコミュニケーション社会になりそうな危惧を抱きます。そうならないためにも、話し言葉の表現力を高めて行きたいと思います。

岡部 達昭氏

日本電信電話ユーザ協会電話応対技能検定 専門委員。
NHKアナウンサー、(財)NHK放送研修センター理事、日本語センター長を経て現在は企業、自治体の研修講演などを担当する。「心をつかむコミュニケーション」を基本に、言葉と非言語表現力の研究を行っている。

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