電話応対でCS向上コラム

第84回 「息を吐く」

記事ID:C10017

生き物はすべからく呼吸をしながら生きています。呼吸が止まった時、それは生の終わりです。私たち人間の生命活動は、すべて呼吸によって支えられています。ところがその重要な呼吸活動に、私たちは日常的にほとんど関心を持っていないように思われます。今回は、この呼吸活動を取り上げて、吐く息について考えます。

「ハイ!深呼吸をしてください!」

 こう言われたら、あなたはどうしますか?まず息を吸いますか、それとも吐きますか。どちらでもよいように思いますが、そうではありません。この実験をしますと、10人中9人はまず大きく息を吸うのです。なぜでしょうか。これは私の推測ですが、私たちは子どもの頃から、健康診断などで胸部レントゲンを撮る時に、「大きく息を吸って、ハイ止めて」と言われてきました。正確な画像を撮るには、頑張って息を吸わなければならない。そう思い込んできた名残ではないでしょうか。しかしこの動作は自然の摂理に反します。呼吸とは、その言葉どおり、まず吐くのです。息を吐き切れば横隔膜が下がり、空になった肺に、吸わなくても空気が入ってきます。これが自然な「呼吸」なのです。私たちが話したり歌ったりするのは、この吐く息の力です。しっかり息を吐くことで、しっかりした声が出ます。

「息を吸っちゃダメ!」

 対話総合研究所を主宰していた先輩の塚越 恒爾氏から聞いた話です。塚越氏の研究所で、ソプラノ歌手で、ヨーロッパを中心に活躍していた世界的なボイストレーナー平山 美智子さんを招いて、研修会を開いたことがあります。演劇やオペラの関係者が大勢集まりました。会場を歩き回りながら平山さんは、「息を吸っちゃダメ!」「ほらまた吸った」「吸おうと思わないの!」と叫び続けていたそうです。「胸なんかで息をしたらダメ。呼吸は足の裏でするの!」足の裏で呼吸するというのは、イメージの世界の話でしょうね。そのイメージが、発声器官の緊張を解き、大勢の聴き手を前にして上がることを抑え、感情を抑制して、豊かな発声に導いてくれるのです。その話をしたあとで、塚越氏はこう解説してくれました。しかし、その時私は別の解釈をしながら聴いていました。

声が脚に響く

 以前にNHKテレビで、人の声の秘密を科学的に解き明かした番組を放送していました。その中で、ゲストとして狂言師の野村 萬斎さんが出演されていました。ご存知のとおり、萬斎さんの声は太くて透明な響きのある素晴らしい声です。萬斎さんの声と、これまた美声のAアナウンサーの声を、科学的に比較したのです。両者が短いセリフを言います。それぞれの音声を特殊な機械で分析します。Aアナの声も、身体の上半身を中心によく響いていました。しかし、萬斎さんの声の響きには本当に驚きました。全身にくまなく響いているのです。太ももからふくらはぎ、むこうずねまで満遍なく響きが伝わっているのです。その秘密は、無駄のない吐く息の響きにあったのです。大分以前に見た番組でしたが、萬斎さんの発声の記憶が鮮烈だったのでしょうか。「呼吸は足の裏でするの!」という平山さんのユニークな指導に、私はすんなりと納得したのです。

吐く息は肉体も心も強くする

 私事ですが、私は大学4年間空手道部に所属していました。その修練の中で師範から常に厳しく言われていた一言があります。それも「息を吐け」だったのです。息を吐くことで腹の筋肉がぐっと引き締まります。鋭い攻撃ができるとともに、完璧な防御の体勢が取れるのです。発声法も武道の極意も、その要諦は共通していることに驚きました。

 息を吐くと、肉体だけではなく心も強くなります。息を吐くと横隔膜が下がり、副交感神経が刺激されます。副交感神経が刺激されますと、心の緊張が解けて気持ちが楽になり、リラックスします。反対に息を吸い込みますと、交感神経が刺激され、横隔膜が持ち上がり緊張状態となります。何をするにも適度の緊張感は大事ですが、上がるのは心身のバランスが崩れてよくありません。

 そこで究極の上がり解消法をお伝えします。息を吸いながら、両肩に力を入れて首筋まで持ち上げてください。3秒ほどおいて、両肩をストーンと落してください。この時に息を全部吐き切ります。この動作をさり気なく3回ほど繰り返すのがコツです。

 自然な吐く息は、常に自然な声と言葉を聴き手に届けてくれるでしょう。

岡部 達昭氏

日本電信電話ユーザ協会電話応対技能検定 専門委員。
NHKアナウンサー、(財)NHK放送研修センター理事、日本語センター長を経て現在は企業、自治体の研修講演などを担当する。「心をつかむコミュニケーション」を基本に、言葉と非言語表現力の研究を行っている。

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