電話応対でCS向上コラム

第70回「自分の言葉で話したい」

もう一昔前のことになります。当時、人気のあった女子アナウンサーSさんが独立宣言をしました。報道陣に動機を訊かれた彼女は答えました。「自分の言葉で話したいのです」この言葉が共感を呼び、同様の宣言をする人が、一時何人か続いた記憶があります。

トーキングマシンとしての役割

 私が居りましたNHKには、かつて「トーキングマシン」という言葉がありました。原稿も台本もすべて手書きの時代です。どのように乱雑な文字で書かれた原稿でも、プロのアナウンサーは、間違えずに正確に内容を読んで伝える高度の技量を求められていました。ところが当のアナウンサーたちからは、「俺たちは単なるトーキングマシンではない」という反発がありました。その後、昭和30年代の後半から40年代にかけて、メディアが多様化し、放送もテレビの時代に入ると、アナウンサーの役割も変わりました。自分で企画し取材しリポートする、つまり「自分の言葉で話す」力が求められ、そのことが常態化し始めました。同時に本来は取材職であった記者やカメラマンも、直接放送で話す時代になったのです。職種に関係なく、取材した本人が自分の言葉で話すことで、確かに緊迫感、臨場感が高まりました。ところが皮肉なことに、喋りのプロではない人間が多く関わるようになって、言葉のパターン化、書き言葉の音声化という問題が起きました。

「言葉には鮮度が大事だ」

 この言葉は以前にも紹介致しました、俳優の仲代達矢さんの言葉です。鮮度のある言葉を使うには、絶えずアンテナを張って情報を集め、独自の感覚で紡ぎ出した新鮮な自分の言葉を磨かなければなりません。つまり努力が必要なのです。意識しませんと、安易に人さまの表現を借りて話しています。表現がパターン化し老化するのです。

 「常套句」という言葉があります。同じようなケースの時に、いつも使う決まり言葉のことです。楽ではありますが、伝達力は急速に落ちます。聴き手の心に届く言葉とは、その場その時に感じたことを、新鮮な自分の言葉で伝えることです。

 私はテレビでスポーツ中継を見るのが好きです。熱戦の後の、ヒーローインタビューまで熱心に見ます。ところが気に入らないことが一つあります。インタビューに答えたヒーローたちが、最後に判で押したように言う一言です。「これからも応援よろしくお願いしまーす」誰が使いだしたのかは分かりません。でも最初のうちは、この言葉はアスリートの気持ちを表していたのでしょう。しかし、皆が使い出すとたちまち鮮度を失うのです。

「常套句よさようなら」

 常套句がすべて悪いわけではありません。常套句がぴったりとはまる場合もあります。しかし、形で覚えた言葉はすぐに慣れになります。繰り返し使っていると、やがてその言葉は意味に関係のない独特の節になるのです。節は心地よく聞こえますが、心を素通りしてしまいます。皆さんの職場の常套句を総点検してみて下さい。そして、職場の皆さんと一緒に、別の言い方を考えてください。

 最近ある会合で、「最近、何かというとすぐ『がんばります』と安易な決意表明をするよね。あれ何とかならないか」ということになり、この言い換えに取り組みました。そこで出た言葉です。「精進します」「努力します」「前向きに取り組みます」「必ず結果を出します」「大化けして見せます」「期待に応えるようにします」「死ぬ気でやります」まだまだ湧いてくるでしょう。訓練すれば、言い換え言葉はいくらでも出てくるはずです。

 電話応対でも、しばしば問題になる常套句があります。「いつもお世話になっております」「メモのご用意はよろしいでしょうか」「ご不明な点がございましたら、いつでも私〇〇にお電話ください」日本社会は今、「ヤバい」や「大丈夫」など、言葉が表す意味を広げる傾向にあります。大事なことは、その逆で、表現する言葉の方を増やすことなのです。

 先日、私が利用している私鉄の電車内でのことです。若い男性車掌の声で、車内マナーを呼びかけるアナウンスが聞こえてきました。「いつものお願いで申し訳ございません。電車内では……」その第一声で私は聴き耳を立てました。内容は、毎日聞かされ聞き流している定型のお願いアナウンスです。でも、その車掌氏独自の判断で言ったであろう最初のひと言で、満員の通勤車内には温かい空気が流れたのでした。

岡部 達昭氏

日本電信電話ユーザ協会電話応対技能検定 専門委員会委員長。
NHKアナウンサー、(財)NHK放送研修センター理事、日本語センター長を経て現在は企業、自治体の研修講演などを担当する。「心をつかむコミュニケーション」を基本に、言葉と非言語表現力の研究を行っている。

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