電話応対でCS向上コラム

第57回「部下を叱れなくなった」

人は叱られて成長した

 一昔前、上手なほめ方、叱り方というのは、人材育成関係の本には必ず出て来る定番のスキルの一つでした。ところが、最近はあまりその項目を見かけなくなりました。職場の教育環境の変化にともない、そのスキルが意味を失ったのでしょうか。

 厳しく叱るとすぐ辞めてしまう。辞めないまでも人間関係が悪くなる、そのことを上司は懸念します。さらに深刻になると「パワハラ」で訴えられるケースまで出ているのです。

 かつては、人は叱られることで成長するという考えが常識としてありました。この変化をどう考えたら良いのでしょうか。

鬼軍曹が必要だった

 私の若い頃には、年配の先輩から、「近ごろは鬼軍曹がいなくなったよなぁ」という愚痴とも取れるぼやきをよく聞きました。旧日本陸軍の階級には、尉官の下の下士官に、軍曹という階級がありました。上官の命に服しながら、部下の兵たちを鍛え上げる軍曹殿は、鬼と言われ、すぐビンタが飛んでくる。それはそれは厳しく怖い存在だったようです。戦後数十年、軍隊はなくなっても、この「鬼軍曹」という名称だけは、ビジネス社会にしばらく生き残りました。部下・後輩に業務知識やスキルを伝え、規律やマナーを指導するベテランたちの中に、ひときわ口うるさく怖い鬼軍曹が必要でした。昔のようにビンタを張られることはないでしょうが、部下・後輩にとっては煙ったい半面、頼りになる存在でもあったのです。そして、いつかその鬼軍曹も消えて行きました。

叱る前に部下を理解する

 厳しく叱ってくれる上司・先輩が激減していることは、個人にとっても企業にとっても大きな問題です。企業でも官公庁でも、中間管理職層は、部下をどう叱ったらよいか分からないと悩んでいるのです。前述したように、すぐ辞めてしまうか、パワハラとネットに書かれたり、訴えられる恐れがあるからでしょう。だからと言って全ての上司・先輩が委縮して口をつぐんでいるわけではないと思います。口うるさい上司もいます。厳しい先輩もいます。でも双方の関係のどこかがずれているのです。叱る前に、双方のコミュニケーションが希薄となり、理解と信頼が不足しているように私には思えるのです。

 部下の指導とは、先ず部下を理解することから始まります。世代間の断層があるにしても、ほとんどの上司は、自分は十分に部下を理解していると思っているようです。ところが、部下が上司を見ているほどには、上司は部下を見ていないのです。こんな言い方をしますと、上司からは「そんなことはない。私はしっかり見ているよ」とお叱りを受けそうですが、問題は何処からどの目線で見ているかなのです。ゆったりとした肘掛椅子に座って、上から目線で部下の行動を見てはいませんか。そこから見える視野は意外に狭いのです。むしろ部下の方が、シビアにピントを合わせて上司を見ているように見えるのです。

部下から学ぶ

 童話の「裸の王様」ほどでは無いにしても、地位が上がるにつれて、下からの情報は入り難くなります。さらには特定の部下からの情報しか入らなくなるのです。経営の神様と言われた松下幸之助さんは、意識して幅広い部下からの情報を集めたと聞きます。

 「一流の人間は年下から学ぶ」と言いますが、それは生き方の基本姿勢であり、人間性の問題でもあります。管理社会では評価や人事などが常について回ります。当然、部下は上司にどう見られているかに敏感になります。その上、叱ること一つにしても、総合的な指導育成の責任の中で行わなければなりません。

 ものの考え方、性格、感性など、十人十色でそれぞれ違う部下の指導は容易ではないでしょう。叱るだけではなく、ほめたり、慰めたり、励ましたりの仕方もワンパターンではできないのです。「叱る時には理性的に、ほめる時には感情的に」と言いますが、一番大事なことは「具体的に」だと、私は思います。何の、どこがどういけなかったのかを、具体的に叱られれば、部下は納得するでしょう。そして改善に向けて行動を起こすことになるでしょう。

岡部 達昭氏

日本電信電話ユーザ協会電話応対技能検定 専門委員会委員長。
NHKアナウンサー、(財)NHK放送研修センター理事、日本語センター長を経て現在は企業、自治体の研修講演などを担当する。「心をつかむコミュニケーション」を基本に、言葉と非言語表現力の研究を行っている。

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