電話応対でCS向上コラム

第50回「一人のコミュニケーターとの出会い」

人は一生に3万人の人に出会うといいます。その一人ひとりとの出会いが、私たちに有形無形の影響を与えてくれるのです。この「コミュニケーション力を鍛える」も、そうした出会いの中から、私が学んだり気づいたことをお伝えしてきました。そして今回でそれも50回になります。その節目に当たり、私に、電話応対にとって大切なことは何かを教えてくれた、一人のコミュニケーターのことをお話しします。

3,200人のコミュニケーターとの出会い

もう20数年も前になりましょうか。私はさる大手の電話会社からコミュニケーターの研修を依頼されました。当時はまだ音声電話が全盛で、忙しい職場では、一人で200本もの電話を受ける厳しい時代でした。研修を依頼された時、どのような研修をすればよいか悩みました。業務実態を知り、マニュアルを読み、商品知識を徹底的に学びました。そして、それに応え得るには、自分の応対を客観的に聴いて「気づいてもらう」ことしかないと考えました。そこで、1対1のマンツーマン方式による研修を提案しました。実際の応対の録音を聴きながら、一人30分、マンツーマンでともに検討するのです。当時は、自分の応対を聴いたことがないという人がほとんどでした。「それは真っ暗闇で化粧をしているようなものですよ」などと苦言を呈しながら、根気よく聴きました。この方式は定着しました。5年間で3,200人の方と向き合い続けました。その経験が、今日の私のすべてと言って良いほどの、多くのことを学ばせてくれたのです。今回はその中から、忘れられない一人のコミュニケーターの話をします。

敬語が話せない!

ある支店の研修に行きました。午前中2時間の集合研修の後、午後から個別研修に入ります。一人30分、半日で13人が限度です。何人目かに問題の彼女が現れました。問題と言うのは、事前に聴いたその方の応対です。敬語がほとんど話せていないのです。

「ああそうなの、うん分かった。大丈夫、ちゃんとやっとくから」つまり全編タメ口なのです。たまたま友人が掛けてきたのだろうか?とも思いました。現れた彼女にまずそのことを確認しました。録音を聴いた彼女は、「いいえ知らない人です」と答えます。「お客さまにこんな口の聴き方をなさるのですか」「すみません。実は私、福島の田舍の出身でして、敬語がない地区なのです。でもこの仕事についたので、敬語を必死で勉強しました。何とか話せるようにはなったのですが、夢中になるとみんな忘れてしまうんです」「事情はどうであろうと、あなたの話し方は会社全体の評価になりますよ」と私は厳しく言いました。「すみません。努力します」彼女は辛そうでした。

お客さま評価No.1だった彼女

研修を終えて、帰り際に部長に挨拶に寄りました。感想を訊かれてその女性の話をしました。すると部長は困ったような複雑な表情をみせたのです。理由を聞いて驚きました。敬語の話せない彼女は、お客さまの評価が抜群に良かったのです。その会社では、事後のモニタリング調査で、お客さまから「大変良い応対だった」という評価を貰うと、ピンクの優良カードが渡されます。そのカードが何枚か溜まると、支店長に表彰されます。その支店長表彰が溜まると、今度は支社長表彰を受けるのです。その支社長表彰回数が、彼女は図抜けて一位だったのです。私は改めて彼女の録音を聴かせてもらいました。そして分かりました。敬語は苦手ですが、実に温かいのです。誠実なのです。お客さまの言葉をきめ細かく復唱して受けとめながら、しっかり向き合っているのです。最初はその話し方に抵抗を感じたお客さまも、最後には「とても良かった」という評価になるのでしょう。

マンツーマン研修初期の彼女との出会いは、電話応対の指導で何が大事かを私に教えてくれました。指導者目線にこだわり過ぎることなく、まずはお客様の耳で聴くこと。言葉の綺麗さよりも、自然な話し方にお客さまは好感をもってくださること、そしてそれらを支えるのは、言葉の端々に感じるコミュニケーターの人柄なのだということを。

岡部 達昭氏

日本電信電話ユーザ協会電話応対技能検定 専門委員会委員長。
NHKアナウンサー、(財)NHK放送研修センター理事、日本語センター長を経て現在は企業、自治体の研修講演などを担当する。「心をつかむコミュニケーション」を基本に、言葉と非言語表現力の研究を行っている。

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