電話応対でCS向上コラム

第45回「“一つ”にしぼる」

頼むから一つだけにしてくれ!

野球評論家の野村 克也さんが、かつてこんな話をされました。乞われてヤクルト球団の監督になった時のこと。選手たちが新監督にさまざまにアピールをしてきます。その一人に山部というピッチャーがいました。ある日のこと、若き日の山部投手が監督のところに1枚の紙を持ってきました。「監督、これを見てください」「何だ、これは?」「私のウイークポイントです」見るとそこにはびっしりと山部投手の弱点が13も書かれていました。「山部、お前、まさかこれを全部直すつもりじゃないだろうな?」「いえ、直します」それを聞いて、野村さんは言ったそうです。「頼むから一つだけにしてくれ。こんなに直せるわけはないだろう」野村監督のアドバイスが効いたのでしょうか。山部投手はその後のシーズンに、16勝7敗という好成績を残しています。

欠点だらけの私たちは、それを自覚した時に、何とか直そうとします。しかしそれを全部直すことは所詮無理なのです。結局全部中途半端になります。野村さんはそう言いたかったのでしょう。可能なことを確実にやる。つまり最も大事な1点にしぼることです。そして、その1点を克服できた時、人は新たなやる気を起こし、次の弱点に立ち向かいます。それが自分を変える力となるのです。

しぼれ、シンプルに、くり返せ…

『イエスの広告術』という本をご存じでしょうか。20世紀後半に世界的なベストセラーになった本で、著者はブルース・バートンというアメリカの広告主であり、事業家、作家、コピーライターと、さまざまな顔を持った人物です。この本には、広告における情報処理の四つの重要なポイントが書かれています。①圧縮せよ(しぼれ)②シンプルに③くり返せ④誠実であれ。そしてこの4点は、イエス・キリストの布教の真髄と同じだというのです。「イエスの文章は徹底的に圧縮されている。イエスの教えには前置きはなかった。最初の文章で相手の関心を呼び起こし、続く文章で本筋に入り、すぐに結論へもっていった。(小林保彦訳)」その本にはこう書かれています。

私たちの周りには、今膨大な情報が溢れています。その情報を少しでも多く身につけ、それをどう伝えるかに私たちは汲々としています。しかし、多くを伝えることは、得てして伝え手の自己満足に終わりかねません。大事なことはその情報を捨てることです。どこまで捨てられるかのほうが大事なのです。第42回「無駄に価値あり」でご紹介した柴田武さんの「捨てて捨てて、最後に残ったものが一番大事な情報である」という教えと、ブルース・バートンの説く広告術とは相通じるものがあります。

アドバイスを1点にしぼれない

以前に、電話応対教育に携わる各社のベテラン指導者10人の参加を得て、3日間の研修をしたことがあります。教材には、提供されたA社の中堅オペレーターの実際の応対録音を使いました。5分ほどの録音を聴いて、全員にスキルチェックをしてもらいました。さすがにベテランぞろいで、全員見事に問題点を的確に指摘してくれました。言葉遣い、スピード、テンポ、間の不足、説明力、事務的なお礼やお詫び、発音の甘さ、語尾伸ばし、確認不足など、問題点が網羅されました。「さすがですね。ポイントは全部押さえられています。ではこの方へ、アドバイスを1点にしぼって伝えてください」それまで活発に意見を言い合っていた指導者たちが、途端に寡黙になりました。アドバイスを1点にしぼれないのです。その1点には責任があります。その1点から人は変わっていくのです。「ベテランインストラクターであれば、あれこれと欠点を指摘することは簡単でしょう。でも1点のアドバイスにしぼれない限り、指導者としてはまだ半人前です」厳しすぎた私の一言に、一瞬空気が凍りついたような記憶があります。山部投手に「一つだけにしろ!」と言った野村 克也さん、「捨てて捨てて、最後に残ったものこそ大事だ」と教えてくださった柴田 武さん。今、各地で電話応対コンクールの予選が始まっています。一つにしぼることの大切さは、どの世界にも共通する不変の要諦なのでしょう。

岡部 達昭氏

日本電信電話ユーザ協会電話応対技能検定 専門委員会委員長。
NHKアナウンサー、(財)NHK放送研修センター理事、日本語センター長を経て現在は企業、自治体の研修講演などを担当する。「心をつかむコミュニケーション」を基本に、言葉と非言語表現力の研究を行っている。

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