電話応対でCS向上コラム

第37回「失敗のリカバリー」

人間だれしも数々の失敗を繰り返しながら生きています。昔から「失敗は成功のもと」と言いますからそれでよいのかも知れません。放送という仕事を通じて、私も多くの失敗を経験してきました。やり直しのきかない生放送での失敗は、語れば長い話になりますので控えますが、今回はこの失敗をどう考え、どうリカバリーするかについて考えます。

ことばが人を傷つけ怒らせる

まだ若い頃、「お母さんの勉強室」という番組を3年ほど担当していました。お母さんにインタビューする際に、「そちらのお母さん如何ですか?」とマイクを向けました。すると、きっとなったそのご婦人から、「わたしはあなたを産んだことはありません」とぴしゃりと断わられました。それ以来、お母さん、奥さん、おばあちゃん、という呼びかけは一切やめました。お名前を訊いてお名前で呼びかけるようにしました。気にする方が一人でもいるかぎり、それは差別語になるからです。

プロの応対者の中にも、早口や訛りを気にしている人がかなりいます。その方には、次のような事前感情抑制ことばをお薦めします。「私、気を付けているのですが、夢中になるとつい早口になってしまうんです。途中でも注意してください」「わたし、郷里の訛りがなかなか抜けなくて申し訳ございません。気になったらおっしゃってください」。事前に伝えるそのひと言で、お客様の苦情は防げるでしょう。欠点を晒すことで相手に好感を与えるのです。もちろん事後にもう一度、分かって頂けたかどうかの確認をすれば万全でしょう。

「だから言ったじゃないですか」「じゃあいいです」「そうですかねえ」「それは違いますよ」「それは無理です」「そんなこと聞いてません」。無意識に使っているこれらのことばは、相手に不快な印象を与え、不満を増幅させることがあります。要注意ことばです。

消しゴムはきかない。ことばでカバーせよ!

テレビ・ラジオで話したことばは瞬時に全国に流れます。つまり放送での失敗は消しゴムでは消せないのです。「間違えたら直ちに鉛筆で書き直すように!」。新人の頃、先輩から厳しく言われました。ミスしたと分かったら、決して隠さないこと。ためらわずに直ちに謝罪し訂正することが放送ミスのリカバリーの鉄則でした。

入局して4年目、北九州から東京に転勤した年に、朝のラジオ放送で誤読をしました。「四斗樽(しとだる)」を(よんとだる)と読んだのです。全く知りませんでした。その日の夕刊にそのことがとり上げられました。「言葉を知らない近ごろの若いアナウンサー」という見出しでした。「赤穂四十七士」はヨンジュウシチシと言いますか?「二十四の瞳」はニジュウヨンのヒトミと言いますか? 新聞の記事は辛らつでしたが、その通りでした。

電話は水の「流れ」のように

電話のことばも放送と同じです。消しゴムでは消せません。放送と同じ宿命を担っているのです。しかし、その性格はかなり違いますし、そこには放送とは違う厳しい条件があります。電話は常に1対1の対話であり、電話の向こうのお客様は、一人ひとり全部違うのです。優しい人もいれば怖い人もいる。短気でせっかちな人もいればおっとりした人もいる。陽気な人もいれば陰気な人もいる。そのすべての人に満足して頂ける話し方なんてあるのだろうか。マニュアルがその役目をはたせるのだろうか。

かつて朝日の天声人語を担当していた深代 惇郎さんが、「ことば」を水にたとえれば、「話しことば」は「流れ」であり、「書きことば」は水をたたえた「ダム」ではないかと、書いていました。電話の話しことばは「流れ」であれば、岩に当たることもあれば、穏やかな流れに乗ることもある。急流を下ることも、淀みでたゆたうこともある。状況に応じて流れを変えられることこそ、電話応対の「流れ」ではないだろうか。窮極の目標は、澄んだきれいな水を海に運んで行くことなのだと。

もしもし検定やコンクールで苦労している多くの皆さんの応対を聴きながら、確かな目標と温かい心さえあれば、電話応対はもっと自由で自然でいいのではないか。近ごろそんなことを考えています。

岡部 達昭氏

日本電信電話ユーザ協会電話応対技能検定 専門委員会委員長。
NHKアナウンサー、(財)NHK放送研修センター理事、日本語センター長を経て現在は企業、自治体の研修講演などを担当する。「心をつかむコミュニケーション」を基本に、言葉と非言語表現力の研究を行っている。

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