電話応対でCS向上コラム
第8回 役所と住民。相互理解を深めたアサーティブな研修-有限会社グレイスアカデミー- 今から約二十数年前、日本電信電話ユーザ協会より那須塩原市、大田原市、那須町をまとめた広域行政組合が管轄する研修所の講師に推薦され、2時間の電話応対研修(ビジネスマナー研修)の依頼を受けました。参加者は2市1町の役所に勤める方々です。
その研修の休み時間のことです。一人の女性参加者が「先生、話すと疲れますよね、これどうぞ」と飴をくれると、やや遠慮がちに私のストッキングが伝線していることを教えてくれました。驚く私に彼女は「替えのストッキングをお持ちですか?」と訊ね、替えを持っていないことを伝えました。すると彼女はやさしく微笑み「研修事務所の女性スタッフが予備を持っていたので、よかったら使ってください」と言うのです。彼女はスタッフが予備を持っていなかったら、伝線していることは黙っていようと思っていたそうです。「だって、伝線が気になって先生の本領を発揮できませんよね」私は、そのあたたかい心づかいに本当に感謝しました。
嬉しかった私は、この話を広域行政研修の中でお話ししました。相手のことを思って最善の対応をしてくれた彼女の心づかいは、コミュニケーションに不可欠なアサーティブな対応そのものだったからです。アサーティブな対応とは、自分の感情を大切にしながら、感情や主張を相手に伝えつつ、相手の感情にも配慮するというものです。すると、この話に感銘を受けた研修所の所長が、2時間のマナー研修を2日間のアサーショントレーニング研修に代えてくださったのです。
「住民の方が、ずっと住みたいと思ってくれるような町にしたい。暮らしやすい町とは、役所と住民が互いに思いやり、仲が良いことですよね」こう話す所長の希望を汲み、私は研修の内容を、自分も相手も大事にした自己主張・アサーショントレーニング中心に変更し、これを「組織活性化・実践研修」と銘打ちました。
どこの地方でもそうですが、高齢化、財政難と、課題は山積みで、住民同士のトラブルも絶えません。ごみ収集日でもないのにごみを捨てる人がいたり、子どもが病気でも病院に行かずに保育園に連れてくる母親がいたり、「自分たちの税金で食っているのだから、役所が住民にサービスをするのは当たり前」と言う方もいるそうです。たしかに役所もサービス業。サービス業は人と人のつながりが大切ですが、場合によっては要望に応えられないこともあります。そんな時、お互いを大事にしたコミュニケーションを取ることで相互理解を深め、住民と一緒になって暮らしやすい町作りをすることも、この研修の狙いの一つです。
研修メニューには、住民を大事にしながら自分たちの思いも伝えるDESC(アサーションのセリフ作りのステップ)というグループワークもあります。ここでは、役所と住民に分かれ、さまざまな客観的な状況の中で、主観(共感)、提案、選択肢を入れてロールプレイングを行います。参加者は役所の思いも住民の思いも、それぞれの立場で相互に理解しようと一生懸命です。今ではこの研修を通じて「役所の仕事は最高のサービス業務」と納得し、地域の皆さまとのアサーティブなコミュニケーションの実践に目を輝かせて取り組んでいます。
木邑 恭子氏
テレビ局アナウンサー出身。「出会いに学び、出会いに育てられる」をモットーに、コミュニケーショントレーナーとして活動中。聴くことの大切さを大事にしています。