電話応対でCS向上コラム

第133回 「AIがしゃべる」

記事ID:C10144

毎年4月から秋の中頃までは、「電話応対の甲子園」と言われる、日本電信電話ユーザ協会恒例の大イベント、「電話応対コンクール」の季節です。昭和37年から連綿と続くこの大会は、電話応対者の目標であり夢でもありました。ところが、ここ数年で急速な進歩を続ける生成AIが、電話応対に変化を迫ってきました。今回は電話応対コンクールの立場からその変化を考えます。

AIのしゃべりが増える

 ここ数年、私たちはコンピューターのしゃべる音を、いろいろな分野で、そうとは知らずに聞かされているのです。NHKのニュースを聞いていますと、「このあとAIの自動音声でお伝えします」というスタジオアナウンサーの断りがあって、AIが読むニュースが流れます。断りがないままニュースが流れたら、ほとんどの人は、それがAIだということに気がつかないでしょう。AIの技術はそこまで精度を高めているのです。でもアナウンサーであった私どもには、その違いが明らかに分かります。AIアナウンサーは、文字は正確に伝えますが、文字が表す言葉の意味は理解していません。つまり、文字をつないで音声化しているだけなのです。したがって、そのアナウンスの「間」は、今の段階ではすべて等間隔です。そして、明るいニュースも暗いニュースも、同じような声の表情で読みます。大事な情報だからといって、繰り返して伝えることもありません。AIアナウンサーには、重要度の判断はできないのです。そして、共感も感動も怒りも悲しみもありません。事実を淡々と伝えれば、それはそれで良いのかもしれません。しかし、より自然なアナウンスを目指して、AIアナウンサーの特訓は、今もたゆまず続けられているそうです。
 「そこに生身のアナウンサーがいるのに、なぜAIアナウンサーが読むのですか」という質問をよく受けます。私はもうNHKの人間ではありませんから、お答えする立場ではありませんが、推測すれば一つは放送技術の進歩発展のため、一つはNHKの効率化でしょうとお答えします。 日本語を守るという立場からは、賛成しかねるのですが。

AIオペレーターの電話でのしゃべり

 ひるがえって自動音声でのAIオペレーターのしゃべりを考えてみましょう。一方的にリードニュースを伝えるアナウンスと違って、会話が主体になる電話のオペレーターのほうがはるかに難しいと思います。それは、AIオペレーターのスキルの向上のみならず、競合する人間オペレーターの技能の向上と人間力の深化までが、高い比重で求められるからです。速いテンポで進むAIロボットの開発を考えれば、人間が担う電話応対は効率化されて、早晩消えてなくなってしまうかもしれません。しかし、その動きには私は強く反対します。その理由の一つは、電話応対ぐらい、人間のコミュニケーション力、対話力を鍛えるのに役立つものはないと考えるからです。二つ目は、メール全盛の時代、話し言葉の重要性が軽視されていることです。人と人とが理解し共感しつながれるのは、声の言葉の力です。そのためにも、いつでも手にとって話せる電話が身近にあることは、何よりの安心感なのです。

電話応対の4原則を再考する

 電話応対の4原則「親切、丁寧、正確、迅速」を知ったのは昭和の頃です。NTTがまだ電電公社であった頃に、電話応対教育の規範として作られ、受け継がれてきたと聞きました。その後の電話の普及とともに、4原則は各企業にも広がっていきました。その精神は電話応対コンクールにも活かされてきました。しかし今は、AIが電話応対を担当する時代です。昭和の教育と同じでいいのだろうか?という疑問が湧いてきます。
 先日、東北各地の指導者の方たちとお会いする機会がありました。その際にこの疑問を投げかけました。そして、令和の4原則を考えようということになりました。そこで合意ができたのが、「分かりやすい、正確、思いやり、正直」の新4原則でした。
 分かりやすさと正確は、今も昔も変わらない電話応対の根幹です。そして思いやりと正直は、AIオペレーターには理解できない、人間だからこそできる高度なスキルになるでしょう。もちろん公式の規範ではありませんし、何の拘束力もないのですが、東北各地でご活躍中の6人の指導者の皆さんの経験が生み出した新しい4原則です。さらに検討がなされながら、AIと人間のしゃべりを変えていくかも知れません。

岡部 達昭氏

日本電信電話ユーザ協会電話応対技能検定委員会検定委員。
NHK アナウンサー、(財)NHK 放送研修センター理事、日本語センター長を経て現在は企業、自治体の研修講演などを担当する。「心をつかむコミュニケーション」を基本に、言葉と非言語表現力の研究を行っている。

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