電話応対でCS向上コラム

第130回 「言葉を立てる」

記事ID:C10135

新しい年度が始まり、4月と5月は人と人との交流が増える時期です。対面での挨拶や説明の場も多くなるでしょう。研修や講演会なども活発に行われます。それは、言葉の大切さを知らされる季節でもあります。前回は「間」の大切さを取り上げました。今回は、分かりやすく伝えるためのもう一つのポイント、「言葉を立てる」についてお話しします。

言葉を立てるとは?

 話し言葉の指導では、「言葉を立てる」という言葉をよく使います。朗読やナレーション、スピーチや説明、講演や演説などの場でしばしば耳になさるでしょう。ひと言で言えば「強調する」といった意味ですが、言葉を印象深く伝えるためには重要なスキルです。文字言葉で言葉を立てる時には、太字で書く、下線を引く、カッコで括る、色文字にするなどの方法が使われます。では、話し言葉ではどうでしょう。大声で言う、強い語調で言う、二度繰り返して言う、ゆっくり言う、あえて小声で言う、などの方法があります。それはそれで一つの強調にはなるでしょう。しかし、通常の会話の中で、さりげなく言葉を立てて強調する方法は、大声でも強い語調でもありません。高低のイントネーションなのです。「日本語は高低イントネーションの言葉」と言われるほど、高低のイントネーションをよく使います。その高低によって、言葉を立てているのです。

なぜ言葉が立たなくなったのか

 ここ数十年、言葉の平板化が進んでいます。日本語のアクセントには、本来「頭高」「中高」「尾高」「平板」の四つがあります。方言を含めて、日本語にはそれぞれのアクセントがあり、そのアクセントによって言葉の意味が違っていました。それが、平成、令和と移り変わるうちに、じわじわと言葉の平板化が進んだのです。それは、言葉の省エネ化傾向と連動しているのかもしれません。アクセントを気にするよりも、無アクセントの方が楽でしょうから。
 言葉の高低の変化で言えば、イントネーションも関係してきます。アクセントは単語レベルの高低差、イントネーションは文レベルの高低差です。そして、言葉を立てることで言えば、それはアクセントにもイントネーションにも関係してくるのです。

どこを立てるかで言葉の意味まで変わる

 アクセントやイントネーションは、どこにアクセントを置き、どこを立てるかで、言葉の意味まで変わります。そのことを分かってもらうために、研修などで次の教材を用意します。「夕食はあなたが作ってね」。このフレーズを、アクセントの置き方を変えて、3種類の言い方をします。①夕食はあなたが作ってね。②夕食はあなたが作ってね。③夕食はあなたが作ってね。それぞれに、太字のところを高く言って立ててもらいます。決して強く言ったり大声で言ってはいけません。単純に聞いた時、①は朝食と昼食は私が作るから、夕食はあなたに作ってほしい。②は夕食はお母さんではなくあなたに作ってほしい。③はスーパーで買ってこないでよ、あなたの手料理が食べたいの。いずれもごく単純な要求ですが、どこを立てるかで意味が変わることを、分かっていただけたと思います。
 この例でお分かりいただいたように、言葉を立てるということは、思いも込めて、伝えたいことを正確に伝えるためには、極めて大事なことなのです。

言葉は命とともにあった

 人類が言葉を作り出した20万年前、言葉は生きるために、欠くことのできないツールでした。飢餓に苦しんだり病を得たり、危機に直面して仲間に助けを求めるのに、言葉は必須の手段だったのです。それから万年の時を経て、言葉は進歩し、多様な使われ方をするようになりました。そしてそれは人類社会の発展に大きく貢献してきたのです。さらには、メンタルな情感を伝えるのにも、言葉は高度で、かつ繊細な役割を担うようにもなりました。
 ところが、科学技術の進歩はいまAI時代をもたらしました。命を持たないAIが言葉を紡ぎ出したのです。そして、言葉の機能も評価も変わり始めたのです。
 前号の「間」も、今号の「言葉を立てる」も、日本人が連綿として伝え継いできた日本語の技法の一つです。通常の伝達程度のことであれば、AIのトークで済むかもしれませんが、「情」を伝える人間のトークは、意識して守らなければならないと思います。

岡部 達昭氏

日本電信電話ユーザ協会電話応対技能検定委員会検定委員。
NHK アナウンサー、(財)NHK 放送研修センター理事、日本語センター長を経て現在は企業、自治体の研修講演などを担当する。「心をつかむコミュニケーション」を基本に、言葉と非言語表現力の研究を行っている。

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