ICTコラム

未来を見据えたICT戦略と人材育成

記事ID:D40078

ICT戦略の立案と経営層との連携、情シス人材の育成・定着、そしてDX時代における情シスの役割の変化——。本連載(全3回)の最終回では、ひとり情シスが直面するこれらの課題を整理しながら、中小企業が今後取り組むべき方向性を考えていきます。「会社のICTをどこへ向かわせるか」を考えるのは、情シス担当者だけの役割ではありません。経営層が当事者としてICT戦略に関わることで、はじめて企業のデジタル化は力強く前進します。

ICT戦略の立案と経営層との連携

 ひとり情シスが抱える課題の一つに、「日々の運用に追われてICT戦略を考える余裕がない」というものがあります。戦略を考えるとは大げさですが、自社のICTを今後どのような方向へ進めていくべきかを整理し、定期的に経営層と共有する必要があります。
 「システムの老朽化により営業の見積作成に時間がかかっている」「従業員が多忙でセキュリティ対策が十分に行き届いていない」「データが部門ごとに分散し、どれが最新か分からない」など、現状の課題を経営層にも伝わる言葉で整理して説明することが、中長期的なICT戦略を考える第一歩となります。
 こうした取り組みは簡単ではありませんが、怠るとお互いの認識にズレが生じ、不信感などが芽生えることがあります。経営層から見ると「サーバーを買ってほしい」「セキュリティが必要です」など、都度個別の申請が上がってくるように感じられ、そのたびに説明を受ける時間が必要で、結果的に仕事に追われるという悪循環に陥りかねません。
 一方で、経営層もひとり情シスからの提案を待っているだけの姿勢ではいけません。経営層自身も「ICTで従業員の負荷を軽減できる業務はあるか?」といった視点を持つことが重要です。その視点が加わることで、はじめて企業戦略の中にICT戦略が組み込まれたと言えます。

情シス人材の育成と確保

 現在、中小企業のひとり情シスで最も多いのは、就職氷河期世代や団塊ジュニアと呼ばれる世代の人たちです。日本でも特に人口が多い世代で、企業の中核人材として長年にわたり現場を支えてきました。すでに50歳を超えた方も多く、パソコンやインターネットの黎明期をリアルタイムで経験してきた、技術的な素養の高い世代でもあります。もし社内にこの世代のひとり情シスが活躍しているなら、絶対に手放してはいけません。
 優秀なひとり情シスは転職市場でも価値が高く、声がかかる機会は少なくありません。退職の意思が示された時点では、すでに意思が固まっているケースも多いため、引き留めることは容易ではありません。そのため、日頃から定期的なコミュニケーションの場を設け、待遇への不満や業務環境の改善要望、定年延長や役職変更の可能性などを早い段階で話し合っておくことが重要です。
 しかし、不測の事態としてひとり情シスが退職してしまうことがあります。人口減少が進む中、同等のスキルと経験を持つ若手の人材を外部から採用することは極めて困難になってきていますので、今後は社内でICT人材を育成する視点は欠かせません。その一つの流れとして、管理部門の担当者がICT業務を兼任するケースが増えてきました。その素地を作るために、管理部門の従業員に月一度のICT業務関連会議へ参加してもらうだけでも、基礎的な知識の蓄積につながります。全員とは言えませんが、従業員の中にはICTやデジタルで自身のスキルを向上させたいという人はいるでしょう。情シス人材が社内で増加する環境づくりをぜひ継続してください。

DX推進と情シスの役割の変化

 かつての情シスは「ICTインフラを安定的に維持・管理する」ことが主な使命でした。しかし今後は、デジタル技術を活用して業務プロセスを変革し、会社の競争力を高めることへの貢献が求められます。
 具体的には、業務の自動化(RPAや生成AIの活用)、データ活用による意思決定支援、デジタルを活用した新サービスの開発支援などが挙げられます。こうしたDXの取り組みを推進するためには、情シス担当者が技術の最新動向を把握しながら、経営層と現場をつなぐ「橋渡し役」としての機能を担うことが重要になります。
 実際、ひとり情シス協会が昨年末に実施した「中小企業AI活用調査」では、生成AIの普及拡大を背景に、92.8%のひとり情シスが新たなスキルを習得する必要があると感じていることが明らかになりました。しかし、最初からDX推進者として大きな成果を求める必要性はありません。まずは日々の業務から時間を確保し、社内を見渡し、ユーザー層との対話を少しずつ増やし、DX化のネタを探すことから始めましょう。

知識を「組織の資産」に変える仕組みづくり

 いくら優秀なひとり情シスがいても、その知識がすべて本人の頭の中だけにある限り、属人化のリスクは消えません。これは、退職目前のベテランの従業員のノウハウも同じです。情報をドキュメント化し、組織の資産として蓄積していく仕組みが不可欠です。
 近年はChatGPTなどを活用している方も多いと思いますが、社内固有のノウハウや方法などは教えてくれません。そこで注目されているのがRAGです。社内に蓄積されたマニュアルや手順書、各種資料などを参照しながら生成AIが回答する仕組み(図参照)で、中小企業の情報共有や知識資産の管理として比較的取り組みやすいと言われています。

【図:RAGの仕組み】

 ただし、どの企業でもすぐに実現できるわけではありません。標準化されたフォーマットや、社内工程に対応した手順書の整備が前提となります。RAGを導入する際には、たとえ導入が思うように進まなくても、その過程で社内の情報整備が進むこと自体に価値があります。ひとり情シス協会ではRAGのプロジェクトの事例報告「AIしくじりひとり情シス」として失敗や苦労話をまとめた冊子を発行し、Amazon.co.jp にて販売していますので、ご関心のある方はご覧ください。

ひとり情シスと経営者へ伝えたいこと

 3回にわたって解説してきたように、ひとり情シスは中小企業のICT基盤を一手に支える重要な存在です。その力を最大限に発揮してもらうためには、担当者個人の努力だけでなく、経営層のICTへの理解、社内の協力体制、外部リソースの活用、そして人材を大切にする組織文化が欠かせません。デジタルと経営がますます密接になるこれからの時代、こうした体制を整えることこそが企業の競争力につながると確信しています。
 また最後になりますが、「ICTをどこまで導入すればいいのですか?」と経営者からよく質問されます。その際に私は必ず「ICTを使わずに改善できることをまず考えて実行してください」と伝えます。顧客管理や情報共有、セキュリティ対策でも、現状の環境のまま改善できることはあるでしょう。それでは対応が不十分で、運用に限界がある、手間がかかるとなったら、ICTツールの導入を最後の手段として検討してみてください。

※ RAG
Retrieval-Augmented Generation(検索拡張生成)の略。AIが質問に回答する際、学習データだけでなく、指定された社内文書や最新データベースから関連情報を検索し、それを根拠にして回答を作成する仕組み。

清水(しみず) (ひろし)

横河・ヒューレット・パッカード入社後、米国HP社に出向し、アジア太平洋本部でマーケティングダイレクターなどを歴任。米国、フランス、タイ、シンガポール駐在、日本法人マーケティング責任者を歴任。デル・テクノロジーズ社にて上席執行役員、全社マーケティング統括、中堅企業事業責任者でビジネスを倍増させ世界トップ部門となる。著書に「ひとり情シス」(東洋経済新報社)などがあるほか、中堅中小企業のひとり情シス支援に取り組み、一般社団法人ひとり情シス協会の事務局を担当。

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