ICTコラム

ひとり情シスの背景と現状、リスクとは

記事ID:D40076

一人の担当者が情報システム部門のほとんどの業務を担っているような状態を、「ひとり情シス」と呼びます。一人で八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍をする彼らは「離島のお医者さま」とも評され、パソコンやネットワーク、セキュリティ対策にとどまらず複合機や空調、警備システムなどあらゆる相談を受けます。頼りにされる一方で、一人ゆえの負荷とリスクも抱えています。本連載(全3回)の第1回は、ひとり情シスの背景と現状、そして抱えるリスクと課題について詳しく見ていきます。

ひとり情シスの実態

 「ひとり情シス」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。「情シス」とは情報システム部門の略称です。大企業であれば数十名規模のチームが、パソコンの管理からネットワーク、勘定系システムまで社内のICTの一切を担当します。しかし、従業員300名以下の中堅・中小企業では、情シス部門が存在することはあまりなく、「ひとり情シス」の状態がよく見られます。その実態を可視化すべく筆者は2017年に日本で初めて大規模な調査を実施しました。その結果、従業員が300名や400名規模の中堅企業でも、ICT担当者が一人しかいないケースが多数存在することが判明し、「本当に一人でやれるのか」と驚きをもって報道されました。
 一方、従業員100名以下の規模になると、ひとり情シスの位置づけは変わります。この規模の企業では、ICT専任担当者を置かず、総務や経理などの管理部門の従業員がICT業務を兼任しているケースが一般的です。そのため、専任のひとり情シスがいる企業は「一人でも専任がいるのがうらやましい」と羨望の対象になるほどです。
 大きな転機となったのが、2020年の新型コロナウイルス感染症の拡大です。それまでICT管理をそれほど重視していなかった企業でも、リモートワークの導入やパソコンの社外持ち出し対応、社内データのバックアップ整備など、緊急のICT対応が次々と求められるようになりました。多くの中堅・中小企業でICT担当者の増員計画が立てられ、未経験エンジニアの募集広告も増加しました。実際に100名を超える企業ではひとり情シスが減少し、2人目、3人目の増員が進みました。しかし2023年頃、新型コロナウイルス感染症が落ち着きを取り戻すとこの傾向は一転し、再びひとり情シスが増加し始めています。

ひとり情シスの業務負荷

 ひとり情シスの業務範囲は、想像以上に広いものです。大きく三つの柱に整理すると、「情報セキュリティ対策」「システム運用・保守」「社内ICTサポート」になります。
 情報セキュリティ対策では、ウイルス対策ソフトの管理、OSやソフトウェアのアップデート適用、不審メールへの注意喚起、インシデント発生時の初動対応などがあり、常に最新の知識と細やかな注意が求められます。サイバー攻撃の手口は年々巧妙化しており、ランサムウェアやフィッシング詐欺の被害は中小企業にも広がっています。これらを怠った場合の代償は、情報漏えいや業務停止という形で経営全体に及びますので、気が抜けません。
 システム運用・保守では、定期的なバックアップの確認、障害発生時の復旧対応、ライセンス管理、老朽化したハードウェアの更新対応などが日常的に発生します。近年はクラウドサービスの普及で運用負荷が軽減された側面もありますが、契約するサービスの種類が増えた分、管理すべき項目もそれだけ増えています。
 社内ICTサポートでは、「パソコンの動作が重い」「Zoomがつながらない」「パスワードを忘れた」といった問い合わせが毎日のように積み重なります。一件一件は軽微に見えても、対応中はほかの業務が止まるため、計画的に仕事を進めることが難しくなります。加えて、大企業であれば専門チームが分担して対応するこれらの業務をすべて一人で担うわけですから、その負荷は慢性的なものとなっています。また、業務リストの多さという目に見える課題だけでなく、気軽に相談できる相手が社内にいないという状況が心理的負担となっているのです。

ひとり情シスが抱えるリスク

 ひとり情シスには、主に次のような四つのリスクがあります(図参照)。

【図:ひとり情シスが抱えるリスク】

 まずは、属人化リスクです。システムの構成や設定の経緯、ベンダーとの交渉履歴など、担当者の頭の中にしかない情報が蓄積されていきます。ドキュメントを整備する時間的余裕もないため、「あの人しか分からない」という状態が常態化します。担当者が元気な時は問題が表面化しにくいですが、何かが起きた瞬間に経営を揺るがすリスクへと転じます。
 次に退職・異動リスクです。ひとり情シスの中には「でもしか情シス」と呼ばれる方も一定数います。これは1970年代の言葉に由来するもので、他部門でのキャリアがうまくいかず、「…にでもなろう」「…にしかなれない」行き場としてICT担当に異動したケースを指します。本人の資質の問題というより、配属経緯や社風との相性によるものですが、業務への意欲が低いまま担当し続けた場合、嫌気がさして3年以内に75%が離職するという調査結果もあります。
 三つめは災害・障害対応リスクです。地震や水害、あるいは担当者の急病といった不測の事態が発生した時、ひとり情シス体制では対応できる人間が誰もいないという状況が生まれます。バックアップが正常に機能しているか、障害時の復旧手順が整備されているかといった確認も、日常業務に追われる中では後回しになりがちです。
 最後は、過負荷による品質低下リスクです。業務量が許容量を超え疲弊すると、精神的なストレスが増加します。ストレスが高いと操作上のミスを誘発することも多くなり、さまざまな事故の発生リスクが高まります。何より大事なことは、システムは修復できますが、精神的ダメージは尾を引きます。経営層もひとり情シスも十分留意する必要があります。もし環境の改善が見込めない場合は、無理に抱え込み続ける必要はなく、自らのキャリアを見直すことも一つの選択肢です。
 これらのリスクに備え、平時から引き継ぎ体制を意識することが重要です。例えば、10年以上ICT業務を一人で担ってきた従業員が突然退職した、ある製造業の中堅企業では、後任が着任したものの、サーバーの管理者パスワードが不明、各種クラウドサービスの契約情報が散逸、システム構成図も存在しないという状況が次々と明らかになりました。業務システムの一部が停止しかけ、外部のICTベンダーに緊急対応を依頼せざるを得なくなり、復旧までに数週間と多額のコストが発生しました。
 一方、同規模の流通業者では、ICT担当者が着任した当初から「自分がいなくなっても業務が継続できる体制」を意識して仕事を進めました。主要なシステムをクラウドへ移行し、操作手順や設定内容をすべてドキュメント化。ベンダーとのサポート契約も充実させ、有事には外部に頼れる体制を整えました。その結果、担当者が育児休暇を取得した際も、他部門の従業員と外部ベンダーの協力によって大きなトラブルなく業務を継続できたという例があります。
 人手不足が慢性化している現代において、後者のような体制づくりは非常に重要です。次回はそのあたりを解説したいと思います。

清水(しみず) (ひろし)

横河・ヒューレット・パッカード入社後、米国HP社に出向し、アジア太平洋本部でマーケティングダイレクターなどを歴任。米国、フランス、タイ、シンガポール駐在、日本法人マーケティング責任者を歴任。デル・テクノロジーズ社にて上席執行役員、全社マーケティング統括、中堅企業事業責任者でビジネスを倍増させ世界トップ部門となる。著書に「ひとり情シス」(東洋経済新報社)などがあるほか、中堅中小企業のひとり情シス支援に取り組み、一般社団法人ひとり情シス協会の事務局を担当。

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