企業ICT導入事例
-株式会社織彦-職人の技をICTの力で残し、広げる 西陣織の伝統に吹く新しい風
西陣織の職人が生涯をかけて磨き上げた技術。伝えることの難しい伝統工芸の真髄を、ICTによって共有し、業界の閉塞感を打ち破ろうとしている人たちがいます。
伝統工芸とICT 異質な出会いが生む革新
▲代表取締役・樋口 恒樹氏
京都市上京区。昔ながらの町家が並び、通りには微かに機織りの音が響きます。株式会社織彦は、この街で明治40年から続く西陣織の織元。古典の図案を大事に守り、西陣ならではの色の深さを大切にする姿勢を保ち続けています。
伝統を守る織元である一方、同社は経済産業省が主催する中小企業IT経営力大賞において、IT経営実践認定企業の一つに選ばれたという顔も持ちます。西陣の織元とICT。一見、縁遠い組み合わせは、どのような経緯で生まれたのでしょうか。
「西陣織は一点ものです。一点ものにふさわしいデータベースを自分で作ろうと思ったのが始まりです」(樋口氏)
西陣織の完成には20を超える複雑な製造工程を要します。各プロセスには高度な技術を持った専門の職人が欠かせませんが、その分、個人の経験や知識に頼る部分が大きいという難点がありました。樋口氏はその工程をきちんとデータベース化することで技術を蓄積し、知恵を活用しようと考えたのです。
「何千件もの仕事をすべて記憶しておくのは困難ですが、記録に残っていれば次の仕事に使える発想が簡単に見つかります」(樋口氏)
その信念に基づいて、コツコツと構築してきたデータベース。今では仕事の質を上げるだけでなく、職人の技術の継承にも大いに役立っているそうです。
信頼獲得へ新たな挑戦を決意
かつては2兆円産業と言われた着物の小売市場。しかし、2014年には2,855億円まで縮小してしまいました※。
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「着物離れは、私たち関係者が自ら招いた部分もあるのです」(樋口氏)
西陣織に限らず、着物は古くから製造・流通ともに複雑な形態を保ってきました。その複雑な過程を放置していると、生産地が偽られて販売される可能性があります。極端な話、海外で織られたものが、いつの間にか京都ブランドで流通することもあるのではと危惧されます。
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「問題があるのに、放っておいた。それでは消費者に見捨てられて当然です」(樋口氏)
そう感じた樋口氏は、データベース構築で培った経験を基に、西陣織へ生産から販売までの流通経路を明らかにするトレーサビリティを導入することに取り組みました。日頃の仕事でつながりの深い八つの業者が集い、各々の工程でどんな作業を行ったかをきちんと記録するとともに、その過程をウェブサイトなどで広く消費者に告知する制度を始めたのです。具体的には、同社で行っていたデータベース化をほかの7業者にも実行してもらい、それを連携させる形を取りました。
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「パソコンはもちろん、FAXも使ったことがない職人の集まりですから、最初はなかなか苦労しました」(樋口氏)
仕事の合間を見つけてはパソコンの勉強会を開き、文字を一文字、一文字打つ練習から始めたそうです。
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▲ベテランの職人たちの技もすべてデータベース化され、未来へ受けつがれます
「今までは手書きの伝票しか使わない業種ですから、いきなり難しいスキルを身につけようとしても無理がある。手書き伝票に近い形で、抵抗なく始められる形を心がけました」(樋口氏)
トレーサビリティがお客さまとの距離を縮める
結果として、トレーサビリティの導入は、樋口氏たちの想像以上に大きな反響を呼びました。お客さまがトレーサビリティをやっているから安心と言ってくださるようになっただけでなく、公表された技術を信頼して、難易度の高い、やりがいのある依頼が寄せられるようにもなりました。発表して4年、多面的な効果が出てきたことを実感しているそうです。もちろん、同業他社からは、そこまで公開するのはどうなのかという疑問の声があるのも事実。ですが、同時に自分たちも参加したいという要望も多くなっているそうです。
「私たちは今までの反省を基に、お客さまにいかに近づくかという思いでトレーサビリティを導入しました。価格を高くするのではなく、着物の数を増やしたい。一人でも多くの方に着物の良さを分かっていただきたいのです」(樋口氏)
そんな樋口氏たちの情熱が伝わったのか、最近では見本市の出展や講演などの声がかかることも増えてきました。トレーサビリティは単なる制度の導入にとどまらず、着物と消費者の距離を縮める役割を確実に果たしているようです。
新しい試みから生まれる新しい可能性
トレーサビリティの導入で培った信頼とノウハウを糧に、樋口氏たちは次なる挑戦を思い描いています。それはアフターケアとリメイクの推進。日本全国のタンスの中には2億枚の着物があると言われています。今はこれがタンスごと業者に引き取られ、処分されている状況で、これをなんとかしたいという思いだそうです。
「洗い張りや染色補正など、専門の職人の手にかかれば、着物は汚れていても何度でもきれいにできます。また仮に傷んで、もう着られなくなっても、名刺入れや数珠袋などにリメイクすれば、思い出の着物を捨てなくてもすみます。もちろん、そんなことができるのも、各業者がきちんとデータベースで技術を蓄えているからですが」(樋口氏)
着物への情熱から生まれた、データベース化、そしてトレーサビリティ。新しい試みは、まだまだ大きな可能性を秘めているようです。
※矢野経済研究所「呉服市場に関する調査結果」より。
会社名 | 株式会社織彦 |
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創業 | 1907年(明治40年) |
所在地(本社) | 京都府京都市右京区宇多野法安町12-6 |
代表取締役 | 樋口 恒樹 |
資本金 | 1,000万円 |
事業内容 | 西陣織物、京友禅、和風インテリア、和装小物の企画・製造・販売、美術染織品修復、染織品補修、伝承技術の研究保存 |
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