企業ICT導入事例

-株式会社陣屋-
アナログ対応だけの業務をICTで最適化し、老舗旅館の活性化を図る

国内旅行客が緩やかに減っていく中で、旅館は生き残りの時代に入っています。絶体絶命の状況に追い込まれた90年以上の歴史を持つ老舗の旅館が成し遂げた復活劇。その裏には、旅館のスタッフたちと一緒になって進めてきたICT化の取り組みがありました。

縮小を続ける国内の旅行市場

▲代表取締役社長・ 宮﨑 富夫氏

日本を訪れる外国人は年々増加しており、2013年に初めて1,000万名を突破。2015年には約1,350万名に達し、順調にその数を増やしています。一方で、国内旅行市場で大きな割合を占める日本人の国内旅行は、総人口の減少や高齢化、海外旅行の拡大といった社会環境の変化から、2000年代初頭をピークに緩やかに減少。国内宿泊旅行人数で見ても、2000年の3億2,500万名から2010年には2億9,100万名へと低下しています。訪日外国人の増加を加えても、国内旅行市場の縮小傾向になかなか歯止めがかかりません。

こうした傾向は旅館の数で見ると一層はっきりします。2000年に約6万5,000軒あった旅館は、2013年には約4万5,000軒。30%以上も減少しているのです。厳しい経営環境の中、生き残りをかけて多くの旅館が宿泊客の増加や売り上げアップを図ろうと、さまざまな取り組みを進めています。

老舗旅館といえども逃れられない倒産の危機

新宿から電車で1時間ほどのところに位置する神奈川県の鶴巻温泉郷。温泉旅館数軒というこぢんまりとしたこの温泉郷の中に、その歴史とたたずまい、1万坪の広さを誇る庭園に護られた“温泉郷の顔”ともいえる存在になっている「元湯 陣屋」があります。

しかし、元湯 陣屋はほんの数年前まで、倒産寸前という危機的状況にありました。2009年から四代目社長として旅館を引き継ぎ、試行錯誤しながら立て直しにあたった宮﨑氏は積極的にICTを進めることで、それまでの旅館の経営体質を大きく転換。見事に復活を果たしました。

旅館での仕事も旅館の経営もまったくの素人だった宮﨑氏が、まず取り組んだのは、“現場”を知ることでした。フロントや調理場といった各業務の仕事や連携ぶりを日々観察。並行して、世界的ホテルチェーンの従業員も学ぶホテル学校に入学。赤字体質脱却のために最新のマネジメント手法の習得に努めます。

こうした取り組みを続ける中で、宮﨑氏には元湯 陣屋の問題点や疑問点がいくつも見えてきたといいます。

「旅館経営の基本となる顧客情報は女将の頭の中に、予約情報は紙の台帳で管理する、といったようにすべてがアナログでした。さらに、フロントや調理場、仲居などの間の情報共有も朝礼だけだったり、メモを持って走り回るといった状況。当然、経費の管理もどんぶり勘定になっていました」(宮﨑氏)

▲陣屋は、都心から1時間で楽しめる自然の中の1万坪の庭園に建つ趣のある温泉旅館。宿泊客、従業員にとってストレスのない環境とスムーズな運営にICTが貢献しています

アナログ中心の業務にICTを順次導入

このような状況でしたから、連絡ミスや引き継ぎミスなども頻発。サービス品質の低下が、お客さまのクレームとして現れていました。日々蓄積する情報を有効活用できないため、経営や業務を効率良く改善することもできずにいたのです。そこで、宮﨑氏は積極的なICT化を決断します。

当初はパッケージソフトの導入も検討しました。しかし、必要な機能が不足していたこと、さらに経営状況が極めて悪い中で高額のICT投資は捻出できない、といった理由からパッケージソフトの採用を断念。自分たちで独自にシステムを開発することにしました。こうした方法を取ることで、必要な部分から段階的にICT化を図ることができるというメリットも生まれました。

旅館の従業員募集にたまたま応募してきたシステムエンジニアと二人三脚で開発に着手。1年ほどをかけ、2011年にはひととおりのICT環境が整備できました。スタッフたちの習熟度が上がるにつれて、旅館の収益体質も業務の進め方も大きく変化。台帳からの転記といった無駄な作業、連絡ミスや引き継ぎミスに起因したクレームは確実に減っていきました。

ICT化の取り組みと同時に、業務内容の改善や事業内容の見直しも実行。接客品質向上のためのスタッフ研修、料理の価値を上げるための食材や器の刷新、新規のブライダル事業の立ち上げなどを進めました。その結果、徐々に旅館の黒字化が定着。2014年には8,500万円の税引前利益を計上できるまでに復活を遂げています。

ICT移行を促す四つのポイント

▲手書きの掲示板を廃止し、大型のディスプレイを導入。調理担当者、客室担当者などが情報の共有を図ります

元湯 陣屋では、自ら開発してきたシステムを「陣屋コネクト」という名称で、2012年からほかの旅館に外販しています。

「経験豊富なほかの旅館からニーズを引き出し、そのノウハウを元湯 陣屋にも取り込めないかと考えたのが外販の狙いです。現在では140を超える旅館やホテル、ペンションなどでご利用いただけるまでになっています」(宮﨑氏)

アナログでの経営がそのまま残り、ICTを活用した経営分析や業務改善につなげられないのは、元湯 陣屋のような20~50室の小規模旅館に多いようです。「陣屋コネクト」の導入アドバイスなどの経験から、小規模な旅館がICT化を進める上で不可欠なポイントを、宮﨑氏は次のように指摘します。

「ポイントは四つあります。まず、事業や業務の改善に決定権を持つ人物がICT化を本気でやり切る決断をすること。二つ目は、宿の最重要業務である予約管理でICTのための人材を一人確実に育てること。三つ目は紙からデータに移行したら何があっても元に戻さないこと。そして四つ目は、一気に全面的なICT移行を目指さないこと。情報共有はしばらく紙を残す、ということでもいいのです。くれぐれも無理は禁物です」(宮﨑氏)

こうしたポイントを外さず、旅館スタッフへの教育とICT利用率向上の取り組みも継続的に進めることで、組織は変わります。ICTは小規模旅館経営を改善する際の強力な武器の一つといえそうです。

会社名 株式会社陣屋
創業 1918年(大正7年)
所在地 神奈川県秦野市鶴巻北2-8-24
代表取締役社長 宮﨑 富夫
資本金 4,140万円
事業内容 旅館・レストラン・ブライダルの運営
URL http://www.jinya-inn.com/

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