企業ICT導入事例

-菱木運送株式会社-
独自開発したアプリ「乗務員時計」でドライバー全員の法令遵守を実現

記事ID:D20041

昨今、運送業界はトラックドライバーの高齢化や担い手不足、そして働き方改革推進など対応すべき課題が山積みです。そうした中、菱木運送株式会社はいち早くデジタルツールを導入して労働状況を見える化し、業績を維持しながら社員が働きやすい環境を整備して注目を集めています。今回は同社の代表取締役社長、菱木 博一氏に取り組みの詳細についてうかがいました。

信頼と安心を得るため管理アプリを独自開発

代表取締役社長 菱木 博一氏

 千葉県八街市に営業所を構える菱木運送は社員41人、車両35台を保有する運送会社です。主にペットフードを東北、関西方面へ、ベニヤ板など合板資材を関東圏の配送センターへ運送しています。2000年に実父から会社を引き継いだ2代目社長の菱木 博一氏は、当時から労働環境を改善する必要性を感じており、「2代目としてお客さまや社員の信頼を得られるよう改善したい」と考えていました。

 「運送業界は重大事故を起こさぬよう、厚生労働省が定めた改善基準告示をドライバーに遵守させ、業務を行う必要があります。もし監査で何かしらの法令違反が見つかれば、その会社はペナルティを受けて信頼を失い、経営が立ち行かなくなる可能性があります。そこで法令遵守の徹底に取り組むことにしました」(菱木氏)

 手始めに必要だったのが、トラックドライバーの労働環境、特に運送中の適切な休息の確保でした。そこで菱木氏はデジタルツールの導入による、労働環境の改善に取り組みました。

 「当時、アナログ式のタコグラフのデジタル化が進み、運送会社が車両にデジタルタコグラフ(デジタコ)をつけると、国土交通省より補助金が下りました。そこでデジタコと連携した労働時間管理ツールを開発できないか、システムメーカーに提案するところから始め、2 0 1 1年にデジタコと連携させた労務管理アプリ『乗務員時計』の独自開発に着手しました。当時のデジタコには運行記録機能しかなかったため、ドライバーに『休憩が足りない』などの情報を教える機能がほしいなど、現場のニーズに合わせた機能を搭載するため、デジタコメーカーにも協力を仰ぎつつ、システムメーカーとともに開発を進めました。しかし、異業種の方に現場の意図を理解してもらうだけでも苦労があり、現行版の完成まで8年以上かかりました。その間、乗務員が利用して使用上の問題や課題が挙がると、その都度システムメーカーと相談・改善を繰り返し、今では全社員が使いこなし、法令遵守を支援できるツールになりました」(菱木氏)

時間情報の見える化で健康的な運行を実現

 「乗務員時計」は、乗務員の出勤から往復のトラック運行、そして退勤までを一元管理するアプリです。以前は、特に運行時の休憩・休息取得、待機時間などは書面による自己報告だったため、「30名近いドライバーがきちんと守れているのか確認しきれませんでした」と菱木氏は振り返ります。

 「長距離運行で疲れ切ったドライバーに退勤時に報告書を提出してもらうのは大きな負担になっていました。アプリの導入により、それらを運行管理者がリアルタイムで一元管理できるようになったことは、業務負荷軽減に非常に役立ちました」(菱木氏)

 「乗務員時計」は、運行中の乗務員に目的地までの残り運転時間(目安)、残りの業務拘束時間をスマホに表示して知らせます。また、運行中に取得が必要な休憩・休息の残り時間も表示し、それらを一定時間取得していない場合はアラートで通知し、その状況を運行管理者にも適時確認できるようにしています(図参照)。

図:リアルタイムで把握できる管理者画面

 「会社側もドライバーの一人ひとりに『きちんと休息してください』など、面と向かって指摘するのも人間関係をギスギスさせてしまう不安がありますから、アプリで通知という形態はお互いにとって良いことだと思います。乗務員も到着時間の目安を正確に把握でき、その上で焦らず、車の給油と同様に当然のこととして休憩・休息が取れるようになったと好評です」(菱木氏)

 また同社ではこれまで、アルコールチェックなど運行への支障の有無を確認し、車両のカギを渡す点呼作業を、運行管理者が乗務員一人ひとりに行っていました。この業務も「乗務員時計」を活用することで、管理者の負担を軽減させました。

 「点呼業務の見直しを図った当初はアルコールチェックを行うロボットを導入し、判定からカギの受け渡しを自動化していましたが、現在はアルコールチェックの判定も『乗務員時計』で一元管理し、ロボットを介さずに自動化する環境を整えています」(菱木氏)

 「乗務員時計」による一元管理では、乗務員の出勤時の血圧測定、休息が不十分だった際の次回出勤可能時刻の提示なども行われます。こうした管理が継続されたことにより、社員の健康面が改善されるという大きな成果がありました。

 「社員の健康診断結果を見た産業医の先生が、『同業者と比べて、とても良い結果です』と驚かれたことがありました。おそらく法令順守で働いていた結果がドライバーの健康面にも結び付いたのだと思います」(菱木氏)

 健康面のほか事故発生数もゼロを維持し、会社加入の自動車保険も割り引かれるなどコスト面にも良い影響が表われているそうです。

これからの課題は待機時間の削減

 乗務員の労働環境の改善に成果を上げた同社ですが、企業努力だけでは改善できない、大きな課題がありました。それがトラックが目的地に到着後、荷主からの荷物の積み下ろしや、その指示を待つ待機時間の短縮です。

 「ドライバーは荷主から指定された時刻に合わせて運行し、荷下ろし作業も行いますが、荷主側の都合で指定時間よりもずれ込む場合があります。その場合、ドライバーはずっと待機するわけですが、この時間が非常に無駄な時間となり、労働環境を悪化させる一因になっています。そこで、荷主側に待機時間の削減を働きかけたいのですが、以前は目的地到着から荷下ろしまでの経過時間を示したデータが不正確だったため、交渉が難航していました。しかし、今では『乗務員時計』で待機の経過時間をリアルタイムで管理・把握できるようになり、そのデータとともに荷主へ提出できるようになっています」(菱木氏)

 国土交通省によると、運送業で発生する待機時間はトラック1台当たり1日で約90分という統計も算出されています。この問題を解決するため、待機時間を可視化して提出できたことは改善へ向けた大きな一歩であり、「実際に削減に取り組んでいただけた会社も出てきました」と菱木氏は話します。
 菱木氏は今後、「乗務員時計」のシステムについて「よりドライバーの負担が軽くなるツールの実現を目指し改善を続けていきたい」と、抱負を語ります。

 「今後はドライバーにも外国人労働者が増えてくると思います。その方々にも法令遵守の必要性を理解いただき、扱いやすいツールにしたいと考えています。また、待機時間の管理には目的地に到着したドライバー側の操作が必要なのですが、これをGPSなどによる位置情報と連携させられたら、より正確なデータが容易に取得できると考えています」(菱木氏)

 また、「乗務員時計」による業務改善を通して、菱木氏は「中小の物流会社にもまだまだ成長する可能性がある」と語ります。

 「『車を走らせてナンボ』という業界の古い感覚から脱却し、法令遵守で得られるものをよく理解するべきです。その上で無理なく収益をあげる運行計画を組めれば、トラック5台の会社でも利益は伸ばせるはずです。当社も『乗務員時計』の導入が業務改善の一助になったと実感しています」(菱木氏)

 菱木氏の言葉の通り、ICTを活用した法令遵守の徹底が労働環境の改善だけでなく、経営状況の改善にもつながりそうです。

※ タコグラフ
車の走行速度、走行距離、走行時間など運行記録を行う装置。トラックやバス、タクシーなど営業車両に搭載、運転状況の把握に活用される。
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会社名 菱木運送株式会社
設立 1971年(昭和46年)1月8日
本社所在地 千葉県匝瑳市小高208
代表取締役社長 菱木 博一
資本金 2,000万円
事業内容 一般貨物自動車運送事業、デジタルタコグラフの設計、製造及び販売ほか
URL https://hishiki-unso.co.jp/

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