ICTコラム

中小企業におけるリスキリングの成功事例

記事ID:D40057

本連載ではこれまで、人材不足の問題を解決する上でリスキリングがなぜ有効なのか、どのように取り組むのが良いかについて解説してきました。そして、連載最終の今回は、リスキリングに成功した企業の実例と成功するためのポイントについて解説します。

リスキリングを成功に導く三つのポイント

 中小企業の経営者の皆さまと話をしている際に、リスキリングは大企業でないと導入が難しいというご意見をうかがいます。確かに資金が潤沢で人材も豊富な大企業のほうが進めやすいという側面もありますが、現在では少しずつ国や地方自治体のリスキリング支援策が充実してきています。また中小企業の場合は、経営者がリスキリングを自社に取り入れると決めてから実施し、結果が見えるまで一気に進む傾向があります。今回はリスキリングに成功している中小企業の事例も紹介しながら、三つの成功ポイント(図参照)について解説していきます。

図:リスキリングの成功ポイント

 まず成功のポイントの一つ目は、経営者が自らリスキリングを行うという点です。経営者がリスキリングを行うことの重要性はいくつかありますが、中でも一番重要なことはDXなどのデジタル化に向けて投資の意思決定を行う経営者自らがリスキリングを行い、生産性の向上と成長事業の創出に向けてデジタルリテラシーを高く維持し続ける必要があるということです。これができていないと、デジタル関連の製品やサービスの機能、値段が適正かどうかを判断できないまま契約するといったことが起きます。また、経営者自らリスキリングを行えていれば、デジタル化の際に、誰を抜擢して誰に任せるかといった人材の適性に対して適切な視点を養うこともできます。
 そして成功のポイントの二つ目は支援体制の整備です。リスキリングを行う際に、経営者が人事部などに、誰に何を学ばせるかなどの権限を移譲した後も丸投げするのではなく、しっかりと並走しながらリスキリングする人材を支援していく体制を整えることがポイントになります。特にデジタル分野の場合は、従業員のリスキリングだけでなく、外部から人材を採用することも多々ありますが、成功している企業はそういう人材への支援体制が整っています。これが実現できないと、リスキリング(や採用した)人材が「梯子を外された」といった心境になり、実績を出す前に退職してしまうといったことが起きます。特になかなか成果が出ない場合には、経営者自らその業務を自分で引き取る覚悟が必要かもしれません。
 そしてポイントの三つ目は、成功体験を社内に浸透させることです。リスキリングに成功している企業は、その成功体験が社内に浸透し、リスキリングを行うレベルが自律的に進化するようになります。人事分野では「ラーニングカルチャー(社内における学習する文化)」と言いますが、リスキリングに取り組む文化が浸透し、社員が自分のスキルを更新し続けていきます。例えばある企業では、2022年11月にOpenAI社のChatGPTという生成AIのサービスを開始して以来、AIを使って社内のどんな業務を効率化できるのか、といった観点から全従業員にChatGPTの有料版を配布し、従業員同士で毎週業務効率化を可能にするアプリ開発などに取り組んでいます。

リスキリングに成功した中小企業の挑戦

人材不足の課題を解消するため、リスキリングによりロボット導入をスムーズに進め、作業の効率化を図った

 次にリスキリングに成功した中小企業の事例を紹介します。石川県加賀市に本社を構える石川樹脂工業は、食器雑貨や工業部品、仏具、OEM※1商品の企画、製造販売を行っています。同社は経営者が自らリスキリングに取り組み、自社の生産性を高め、次々と新しい事業に挑戦しています。同社のリスキリングは、自社事業の生産性向上や新規事業創出を目的として就業時間内に行われました。また、自社だけでは難しい分野については外部人材のコーチングに頼りました。結果は順調で、従業員の給与引き上げも実現しています。そこで、同社のリスキリングについて簡単に紹介してみたいと思います。
 新型コロナウイルス感染症が広がる中、技能実習生の契約が更新できなくなるタイミングで、人材不足が急激に進むことを予期して、まず人材不足解消のためのロボット導入を決断しました。ロボットを操作するためのプログラミング作業を含め、外部人材(ベンダー)の講習など手厚い協力を得ながら、少しずつ従業員のリスキリングと業務の自動化を進め、現在では自社でプログラミングを行い、ロボットを20台運用するに至っています。
 またOEM製品を企業に販売した際の端物などをオンラインで販売する試みにも挑戦し、販売の場として自社のホームページとAmazonの活用を始めました。成果を挙げるため、特にデジタルマーケティング分野のリスキリングに力を入れ、外部人材のコーチングとともに20代の若手社員を抜擢した結果、わずか3ヵ月で売上を倍増させることに成功しています。現在の取り扱い商品は、OEM製品に加えて自社の食器ブランド「ARAS」なども展開しており、「ARAS」は若い女性を中心にインスタグラムで15万人以上のフォロワーを集める人気ブランドに成長しています。現在ではオンライン売上が自社の3割以上を占め、事業拡大に成功しています。
 また、同社はデジタル分野のリスキリングに加え、脱炭素化に向けたグリーン分野のリスキリングについても取り組んでいます。前述の自社ブランドでは、サステナブルコレクションという、新素材による製品を展開していて、同製品を普及させるため、同社はLCA※2という製品やサービスに対する環境影響評価の手法に着目しました。そして、LCAについて学ぶため、大学教授を招聘して社内勉強会などを開催しています。LCAは資源の調達から、廃棄・再資源化までの一連の流れの中で、問題点を明らかにし、環境負荷や社会的な側面について可視化する取り組みで、今後ますます注目されていく分野です。
 リスキリングは三方良し、といつもお伝えしていますが、同社ではまさに、企業の成長事業を担う人材が育ち、企業に利益をもたらし、従業員の給与引き上げを実現しているのです。また、こうした一連のデジタル分野やグリーン分野を意識した製品開発に共感し、そういった最新分野のスキルを身につける職場環境に魅力を感じる若い世代の人材の採用にも成功しています。
 リスキリングは企業と個人の生存戦略です。補助金など支援策も活用しながらぜひ自社における導入をご検討いただけましたら幸いです。

※1 OEM
自社ではないブランドの製品を製造すること。
※2 LCA
Life Cycle Assessmentの略。生産された工業製品やサービスの資材調達から製造、流通、廃棄や再生まで含めたすべての流れに発生する環境負荷を定量的に評価する方法。

後藤(ごとう)宗明(むねあき)

一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ 代表理事 チーフ・リスキリング・オフィサー。2021年、日本初のリスキリングに特化した非営利団体、一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブを設立。2022年、AIを利用してスキル可視化を行うリスキリングプラットフォームSkyHive Technologiesの日本代表に就任。石川県加賀市「デジタルカレッジKAGA」理事、広島県「リスキリング推進検討協議会/分科会」委員、経済産業省「スキル標準化調査委員会」委員、リクルートワークス研究所 客員研究員を歴任。政府、自治体向けの政策提言及び企業向けのリスキリング導入支援を行う。

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