ICTコラム

今、リスキリングが注目される理由

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テクノロジーの進化は、あらゆる業種におけるビジネスモデルや働き方に大きな変化をもたらしました。こうした変化に伴い、業務に必要とされる新しい知識やスキルを学ぶリスキリングの必要性が高まっています。そこで、本連載(3回連載)の1回目となる今回は、リスキリングの基礎について解説していきます。

リスキリングとは何か

 2024年2月26日~29日の3日間、スペインのバルセロナで開催されたモバイル業界の国際会議、「Mobile World Congress Barcelona(モバイルワールド コングレス バルセロナ)2024」に参加してきました。一言で言うと「AI一色」という印象で、この業界で働く人たちはまだAI時代に向けてスキルを習得しておらず、リスキリングが重要だと、業界のリーダーたちが表明をしていました。日本でも2022年に岸田首相が所信表明演説において、リスキリング推進のために5年間で1兆円の投資を行うと表明し、国策として取り上げられるようになりました。
 では、リスキリングとは何なのでしょう。メディアではリスキリング(学び直し)という表現が散見されます。しかし、これ(学び直し)は半分正解、半分不正解なのです。日本では学ぶ部分にのみ注目が集まっていますが、リスキリングは身につけたスキルを実践して、特に社内の成長事業や成長産業で新しい仕事に就くことまでを含みます。
 リスキリングの元となっているリスキルという動詞は、「(従業員に)新しいスキルを再習得させる」という意味であるため、組織の変革ニーズに伴って組織が従業員をリスキルするのです。つまり、リスキリングは、「組織が実施責任を持つ業務」であると言えます。従業員視点に置き換えると、リスキリングは「新しいことを学び、新しいスキルを身につけて実践し、そして新しい業務や職業に就くこと」です。
 社会人の学びには、リスキリングに似た言葉でリカレント教育があり、両者の違いについては図にまとめました(図参照)。日本では2010年代からリカレント教育を推し進める動きがありました。リカレント教育は生涯学習の一手法で、個人の関心が原点となって、時間と費用の捻出は個人が行います。
 しかし、仕事を継続しながら私費で大学院に通学することが可能な従業員は限られているため、企業変革に伴うDXを完遂するためのデジタル人材育成という観点において、欧米ではリスキリングに注目が集まっていました。日本でも新型コロナウイルス感染症の広がりから働き方やビジネスモデルが変化し、本格的なデジタル活用が必要になり、世界に遅れてやっとリスキリングに注目が集まってきたと言えます。

図:リスキリングとリカレント教育の違い

リスキリングが注目される背景と理由

 早くからリスキリングが導入された欧米では、技術的失業を防ぐ最大の解決策としてリスキリングが注目を集めてきました。技術的失業とは、AIやロボット工学などのデジタル技術の浸透による労働の自動化によって、人間の雇用がなくなる社会的課題を指しています。デジタル分野で多くの雇用が生まれているため、こうした技術的失業は起きないという論調もありますが、新しく生まれているデジタル分野の業務を担うためには、現在の労働者の多くはスキルが不十分であるため、技術的失業が生まれるのです。
 日本では、デジタル化の重要性は認識されつつも遅々として進まなかったことと同時に、リスキリングへの理解も進まない状況が続いていました。しかし、前述したとおり新型コロナウイルス感染症が転機となり、働き方におけるデジタル化が進み、非対面型のデジタル分野の新規事業創出を含む、DXなどの企業変革の必要性が高まってきたように思います。一方、肝心のデジタル人材はまだ希少であったため、人材を資本と捉えて企業価値の向上につなげる人的資本経営に対する注目度が高まり、DXを遂行するための人への投資の最大の施策としてリスキリングが着目されるようになりました。
 現在、少子高齢化と地域の過疎化が重なり、日本全国で慢性的な人材不足に陥っている企業が多くありますが、リスキリングは慢性化する人手不足を解消する手段にもなります。特に飲食業などでは新型コロナウイルス感染症の蔓延による影響から回復基調にあるものの、最低時給を上げて募集をかけても人材を雇えない事態が続いています。こうした事態を打開するための一つの解決策として、リスキリングによって既存社員の成長を支援し、生産性を高めていくことが必要になってきています。

リスキリングの効果と導入メリット

 リスキリングを導入すると、企業はさまざまな効果が期待できます。まず一つ目は、DXを成功に導く人材育成が可能となることです。高度なデジタルスキルを持つ人材を社外から採用することは給与レンジ※1の課題もあり、現実的に難しいところがあります。社内でデジタル人材をリスキリングによって育成していくことは、時間はかかりますが、将来の新しい事業の担い手となる従業員が育つという利点があります。
 二つ目は、従業員の退職を防止し、エンゲージメント※2向上をもたらすことです。特に今は「自分を成長させてくれる会社で働きたい」というニーズが高まっています。リスキリングを導入している企業においては、従業員の成長を支援していくため、会社に対する感謝の念が向上し、在職率が長くなる傾向が顕著に出ています。
 そして三つ目に、社外の優秀な人材を惹きつけることできることです。特に米国で新たに始まっている採用のトレンドである、既存の従業員のSNSフォロワーや友人、知人などといった、従業員の人的ネットワークを活用して人材を採用するリファーラル採用を補強する効果に注目が集まっています。
 まず、社内の従業員が社内でリスキリングをした経験や取得した資格などを自分のLinkedIn※3などのビジネスSNSに投稿します。すると、「私の会社に入社すれば、素晴らしいリスキリング環境があり、自分の成長の支援をしてくれる」というメッセージを未来の候補者の方々に届けることになり、採用マーケティングの効果が絶大なのです。特にミレニアル世代※4、Z世代※5と呼ばれる若い世代は、会社の将来的な戦略や存在意義に共感できない、自分の成長環境がない、ということにとても敏感で、彼らが退職する大きな理由となっています。そのため、自社の従業員をリスキリングすることが、優秀な人材を外部から採用することにもつながって行くのです。
 次回は、中小企業のリスキリングを進めるための方法についてご紹介します。

※1 給与レンジ
基本給などの上限と下限の幅のこと。
※2 エンゲージメント
契約や約束、誓約などを意味する言葉。ビジネスでは、愛着や思い入れ、信頼関係などを意味する言葉として使われている。
※3 LinkedIn(リンクトイン)
世界最大級のビジネス特化型SNS。
※4 ミレニアル世代
アメリカで西暦2 0 0 0年以降に成人を迎えた世代。成長過程でI T革命を経験し、デジタルデバイスに親しんだ「デジタルネイティブ世代」である。
※5 Z世代
生まれた時点でインターネットが利用可能であった最初の世代。ミレニアル世代の下の世代であるため「ポストミレニアル世代」とも呼ばれる。

後藤(ごとう)宗明(むねあき)

一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ 代表理事 チーフ・リスキリング・オフィサー。2021年、日本初のリスキリングに特化した非営利団体、一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブを設立。2022年、AIを利用してスキル可視化を行うリスキリングプラットフォームSkyHive Technologiesの日本代表に就任。石川県加賀市「デジタルカレッジKAGA」理事、広島県「リスキリング推進検討協議会/分科会」委員、経済産業省「スキル標準化調査委員会」委員、リクルートワークス研究所 客員研究員を歴任。政府、自治体向けの政策提言及び企業向けのリスキリング導入支援を行う。

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