ICTコラム

知っておきたい中小企業のリスキリング施策

記事ID:D40056

多くの企業でデジタル人材の不足が大きな課題になっている中、自社でデジタル人材を育成するためにリスキリングが有効なことは、前号にて紹介してきました。しかし、具体的にどのように取り組めば良いか分からないという方が多いと思われます。そこで、今回は中小企業を主な対象として、リスキリングを進めるための方法を解説していきます。

中小企業におけるリスキリング導入方法

 リスキリングについての正しい理解が進むと、経営者の皆さまのリスキリングに対する関心が高まり、どのように取り組んだら良いか、というご質問を頂戴します。特に、経営資源に限りのある中小企業においては、なかなか自社の資金、人材だけでリスキリングを進めていくことが難しいという声もよく聞かれます。一方で従業員数が数十名規模の会社でも、リスキリングに成功し、成長事業を創出し、従業員が成長事業を担う人材として育っている企業があることも事実です。以下、経営層と人事部に必要な7つのアクション(図参照)をぜひご参照いただければと思います。

図:リスキリングを進めるために経営層と人事部に必要な7つのアクション

①全社共通のリスキリング制度づくり

 リスキリングはDXなどの企業を変革していくための人的資本投資の重要な施策となるため、経営者が必ず関わり、全社的なプロジェクトとして行っていく必要があります。そのため、全社共通で運用するためのリスキリングに関する制度づくりを行い、人事部においても、採用、人材育成、労務といったグループごとに連携して進めていくことが重要です。

②将来必要となるスキルの決定

 リスキリングによって身につけるべき将来必要となるスキルは、実は部門ごと、担当者ごとに異なります。そのため、まず各部門と人事部が連携し、将来どのようなスキルを持つ人材が必要となるかを検討します。次に、どのような分野について学び、どのようなスキルを習得するべきかを従業員へ具体的に明示する必要があります。一定以上の規模の中堅企業において部門人事の機能がある場合は、この部門人事担当者が各部門の上長と将来必要となるスキルについて検討していくことが必要です。

③研修制度、学習環境の整備

 将来必要となるスキルが部門ごとに明らかになった後、具体的にスキル習得に向けた研修制度や学習環境の整備を行います。従業員一人ひとりが自由に好きな時間に学習することができるオンライン講座や、新しいことを仲間と一緒に学ぶことが可能な集合形式の講座の利用が考えられます。できれば、その両者を自由に選択することができるハイブリッド環境が理想的です。

④従業員のスキルの可視化

 リスキリングを行う上でとても大切なのが、「スキルの可視化」です。現在従業員がどんなスキルを保有しているのかを把握していない企業は実はとても多いのです。例えば、会社の中では営業の仕事をしている従業員が、週末にボランティアでNPOのウェブサイトを作っている場合などもあります。従業員のスキルの棚卸しを行うことで、自身の現在の立ち位置を理解し、その上で今後どんなスキルを身につけたら良いかを考える材料になります。また、企業にとっても社内に埋もれてしまっているスキルを発見することにつながります。欧米などでは、スキルの可視化を行うためにAI技術の導入なども進んでいます。

⑤学習履歴の証明

 従業員のリスキリングが進んでいった後、研修の修了書と同様にオンライン講座などで学んだスキルを証明する仕組みを用意することで、誰がどのようなスキルを持っているのかが将来的に明らかになります。日本ではオープンバッジという名称が一般的になってきており、積極的にリスキリングに取り組む従業員を評価し、社内における配置転換などを検討する際にとても役立ちます。

⑥配置転換先の準備と社内公募制度の拡充

 従業員がリスキリングを開始し、新しいことを学び新しいスキルを身につけたにもかかわらず活かす場所がないということがないよう、あらかじめ配置転換先を用意することがとても重要です。例えばデジタルスキルを身につけたものの事業としてはまだ活かせないといった場合には、新規事業創出のための部門を創出するなどの工夫も必要になってきます。また、リスキリングを行うことに積極的な従業員にチャンスを作るために手挙げ式の社内公募制度を開始することも検討されると良いと思います。

⑦スキルレベルに基づく報酬制度の運用

 リスキリングを実施し、新しいスキルを身につけた従業員への処遇に変化がない場合、そのスキルを高く評価してくれる外部の企業への転職を誘発する可能性が高くなります。日本では長きにわたって給与が上がらないという課題を抱えていましたが、リスキリングを行い、「学んだら昇給昇格」という文化を定着させていくことも優秀な人材を社外へ流出させないためにとても重要です。最終的には、保有しているスキルを評価する給与制度を作ることで、リスキリングを加速させていく原動力になります。

リスキリングを導入する上での課題と解決策

 中小企業の経営者の皆さまから聞くことの多い悩みが、「リスキリングをすると従業員が辞めてしまう」というお話です。ある経営者の方から、「リスキリングに取り組んだ結果、従業員がスキルを身につけて転職してしまったら困るんだよ」と言われたことがあります。実はこれには大きな誤解があるのです。
 上記で示した7つのアクションの中でも、特に⑥と⑦が実現できていない場合、つまりリスキリングをしたにもかかわらず、新しく身につけたスキルを仕事で活かす機会がない、また処遇も変わらない、という場合に従業員の方々は転職を検討し始めます。実はリスキリングを自社で開始する前に一番大切なことは、自社の将来の成長事業を従業員の方々に示し、その戦略に必要なスキルをリスキリングを通じて従業員の方に身につけてもらうことなのです。
 この会社で働いていても将来安心だと思ってもらえるように、自社の成長事業を担う方々を育成していくために、リスキリングは必要なのです。そして成長事業が大きくなり、利益を創出し、それが従業員の方々に給与として還元される、これが実現できる場合には、従業員の方々は自社に貢献して働き続けたいと感じるのです。よって、「リスキリングをすると従業員が辞めてしまう」というのは、リスキリングによってスキルを身につけ、他社に好条件を求めて転職してしまうというよりも、自社にスキルを発揮する場がない、スキルを発揮しても給与が変わらないなどといったその会社の環境が大きな原因なのです。
 繰り返しになりますが、そのためにも経営層の方々は自社の成長事業を創出し、必要なスキルを従業員の方々に身につけてもらうための計画を共有する必要があるのです。ぜひ、リスキリングを通じて自社の成長事業を担う人材育成に取り組んでいただけましたら幸いです。

後藤(ごとう)宗明(むねあき)

一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ 代表理事 チーフ・リスキリング・オフィサー。2021年、日本初のリスキリングに特化した非営利団体、一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブを設立。2022年、AIを利用してスキル可視化を行うリスキリングプラットフォームSkyHive Technologiesの日本代表に就任。石川県加賀市「デジタルカレッジKAGA」理事、広島県「リスキリング推進検討協議会/分科会」委員、経済産業省「スキル標準化調査委員会」委員、リクルートワークス研究所 客員研究員を歴任。政府、自治体向けの政策提言及び企業向けのリスキリング導入支援を行う。

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