ICTコラム
企業内におけるメタバースの活用法記事ID:D40047
企業におけるメタバースの活用が始まっています。連載の初回である前回は、メタバースとは何か、ビジネス活用の概観、活用上の課題をお伝えしました。メタバースの活用には企業内に閉じるもの(in B)と企業が消費者向けに提供するもの(B to C)に大別することができますが、第2回では企業内に閉じる活用例を解説します。
企業内のメタバース活用における三つの方法
メタバースには「現実に近い高い臨場感を持つ」、「存在しない物体、存在しない事象を体験可能」、「空間内で身体性(アバター)をもって、他者とコミュニケーションを取ることが可能」、「内部での行動をデータとして取得可能」などの特徴があります。現在、メタバースはこれらの特徴を活かしてさまざまな活用が試みられていますが、活用方法は利用が企業内に閉じるもの、消費者を対象にするものの2種類に大別できます。企業内に閉じる活用方法は、主に「オンラインミーティング」、「トレーニング・研修」、「共同作業」の三つにカテゴライズされ、それぞれの活用例については以下に解説していきます。
オンラインミーティングへの活用
メタバースではネットワークを利用し、遠隔地から人工的な三次元空間に高い臨場感を持って、アバターとして参加することが可能です。さらに、従来は二次元画像で表現していましたが、3Dモデル、写真などを3Dで表示することができるため、従来より臨場感の高いオンラインミーティング(写真①参照)を開催することができます。
写真①:メタバース上では、まるでその場にいるかのような臨場感の高い オンラインミーティングが可能
メタバースには会議室が用意され、参加者はそれぞれの場所に座り、会話を行うことができます。利用者は相互に視線を合わせることができ、発話者の方向から音声が聞こえるため、現実世界における会話と同様の感覚を再現できます。これにより並行して行われる複数の会話、ホワイトボードを使ったプレゼンテーション、背景を自由に変えて新たな発想を生み出すといった工夫も可能です。
また、メタバースでは建築物、機器などの3Dモデルを設置し、拡大縮小、分割などを行い、さまざまな方向から閲覧しながらミーティングを実施することも可能です。さらに、3Dモデルではなく、360度全体を撮影することができる全天球カメラを用いた映像(工事予定現場、建築現場、データセンターなど)を背景にミーティングを行うことも可能です。
このほか、オフィス全体をメタバース上に再現した「バーチャルオフィス」もあり、そこには執務室や会議室、講演のためのホール、休憩室などが存在します。これは、テレワークによって失われてしまった、ちょっとした雑談、休憩室での会話、偶然の出会い、全社員が集まっての講演などを再現することが可能なことで注目を集めています。
トレーニング・研修への活用
メタバースをトレーニング・研修で活用する場合のメリットの一つが、実際にはまだ存在しない空間や機械を設置し、それをさまざまな立場から体験できることです。例えば、設計段階におけるオフィス、店舗やオフィス機器、製造機器などをメタバース内に配置し、顧客の動線確認、バックオフィス業務がスムーズに行えるかの確認、機器の操作トレーニングなどを行うことが可能です。既存の施設、機械の場合は、それらを3Dモデル化するために測定を行うなど大きな手間がかかり、コストが課題となる場合が多いのですが、まだ存在しないものを新規に活用することでコストを抑え、早いタイミングで評価、トレーニングを行うことが可能です。
メタバースのビジネス活用の中で最も早期に利用されたものは、「安全教育」です。建設現場における高所からの落下、電気設備工事における感電、鉄道事業における電車との接触事故のように、実際に体験することが不可能な体験がメタバース内で行われてきました。このメリットは、従来ビデオなどで行われていたものよりも、はるかに現実に近い体験を実現できることです。
このほか、メタバースは「ロールプレイ」でもよく活用されています。メタバースなら、営業や窓口業務など従来は担当者同士が対面し、1人が顧客役となり実施していたトークトレーニングを、現実に近いアバターとなり実施することで、高いリアリティを持って効果的に行うことが可能です。さらにChatGPTなどの生成AIを利用することで、さまざまなキャラクター(デジタルヒューマンと呼ばれます)を生み出し、例えば、生成AIによるクレーマーとの対話により対処法を学ぶトレーニング(写真②参照)に活用するものがあります。
写真②:メタバース空間で、生成A Iによるクレームに応対をするため、リアルでありながらも、感情的にならず冷静に対処する練習ができる
共同作業への活用
複数の利用者がネットワーク経由でさまざまな作業を共同で行うことも、メタバースの有効な活用法です。例えば、メタバース内で複数の人々が都市、建築物、工業機械などのデザインを行うものがあります。参加者はアバターを通じてリアルタイムでコラボレーションし、アイデアを共有し、デザインの詳細を検討することができます。これにより、地理的な距離や時間差に関係なく、リアルタイムで効率的なデザインを共同で行うことができます。
また、メタバース内では作業のプロセスにおいて、身体の動かし方、視線の方向などすべてデータとして蓄積し、再現することが可能という特徴があり、これを「熟練技術の継承」に活用するケースもあります。このケースでは熟練技術者のメタバース上の作業をデータ化、蓄積しておき、後から学習者がそれを再現、閲覧し、自らの作業動作との違いを可視化することで学習効率を高めています。
このほか、作業者と作業の支援者がタスクの共有や進捗状況の確認、現場状況のリアルタイムでの確認、音声、映像でのコミュニケーションを行う「遠隔地からのサポート」に活用するのも効果的です。この場合、マニュアルの提示と閲覧、作業の記録と報告も可能なため、チームが協力し、作業を円滑に進めることができます。
このようなメタバースのビジネス活用においては、VR、AR※デバイスの用意は常に課題となります。しかし、企業内の活用であれば、会議室や作業現場に数台を配置し共同で利用する、複数の支社、支店に数台ずつ配置するといったことが可能なため、投資対効果を見込める場合が多くなります。皆さまもメタバースの現状を理解し、その活用方法を探る試みとして挑戦してみてはいかがでしょう。
- ※ AR
- Augmented Reality(アグメンティッド・リアリティ)の略で「拡張現実」と訳され、現実世界にデジタル情報を重ね合わせ、仮想的に現実を拡張する技術のこと。
山田 達司氏
NTTデータ技術革新統括本部イノベーションセンタ所属。1988年NTTデータ入社。マルチメディア、セキュリティ、先進ITデバイス(スマホ、スマートグラス、VR/AR)の業務活用に関する研究開発に従事。2017年からビジネス向けメタバースの開発を行う。2021年10月よりアイデンティティ技術の専門家としてデジタル庁とも兼業中。
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