ICTコラム

デジタルヘルスによる 医療の変革とユビキタス化

デジタルヘルスによる医療の変革が起きようとしています。IoTの医療版であるInternet of Medical Things(IoMT)※1を用いたデータの収集や、医療ビッグデータ、人工知能(AI)などが医療現場に普及することで、飛躍的とも言えるイノベーションが起こりつつあるのです。このように、デジタル技術を活用して医療行為や診療サポート行為を行うデジタルヘルスは、医療を大きく変革させる可能性を持ちます。第3回の今回は、デジタルヘルスによる医療の改革と、メタバース※2を用いたこれからの医療の可能性について解説します。

第4次産業革命における医療の変革

 今、世界中で「第4次産業革命」と言われる大きな波が動き始めています。この動きは、科学技術により社会が少しずつ進歩していくのではなく、「飛躍的に大進歩」をとげるものになります。歴史を振り返ると、技術革新によって産業構造が一変するたびに、さまざまな分野のサービス・財の提供者が戦略の転換を迫られてきました。医療分野も決して例外ではなく、ヘルスケア業界におけるすべてを巻き込んだ「産業革命」の波が、私たちの日常にも影響を及ぼし始めています。
 産業革命とは、大まかに言ってしまえば「技術によって人や社会に大きな変化をもたらす出来事」です。第1次産業革命では、18世紀半ばにイギリスで蒸気機関が発明され、手で作業していた工場の仕事は機械が担うようになり、蒸気による動力が獲得されました。20世紀初頭の第2次産業革命では、シンシナティで初のコンベヤーが登場し、電力を活用した大量生産の皮切りとなりました。第3次産業革命では、PLC(Programmable Logic Controller)※3による生産工程の自動化が行われるようになりました。これに対して、第4次産業革命では、インターネットやデジタル革命により、バーチャル空間とフィジカル空間の融合が可能になり、これまでと全く違った生産方法が実現できると言われています。
 一方で、医療を取り巻く現状を見てみると、医療費の高騰、超高齢化社会※4、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)の感染拡大、それに伴う全体的な労働力の不足などのさまざまな問題が顕在化しています。また、2018年6月29日に成立した働き方改革法案は、医療においては5年間の猶予が与えられ、2024年4月から「医師の働き方改革」として適用される予定です。しかし、医師の労働時間短縮に向けた課題は山積みで、ICTを用いた効率化や業務改善の必要性が高まっています。そんな状況の中、医療の現場ではデジタル技術の活用が進み、IoMTを用いたデータ収集、医療ビッグデータ、AIなどによるイノベーションが、医療の現場でもあっという間に進むと考えられています。

デジタルヘルスによる医療の変革とユビキタス※5

 改めて説明しますが、デジタルヘルスとは、AIやチャットボット※6、IoMT、ウェアラブルデバイス※7、ビッグデータ解析、仮想現実(VR)などの最新のデジタル技術を活用した、医療行為や診療サポート行為を指します。COVID-19の感染拡大も、デジタルヘルスの広がりを加速する契機になりました。
 例えば、IoMTやウェアラブルデバイスから日常の生体情報を収集し、病気の診断、病気の発症予測や状態把握・管理に利用するためのデジタルバイオマーカー※8の探索が加速しています(図参照)。特に、8月号で紹介したスマホやタブレット端末などを利用したモバイルヘルスは、さまざまな生体情報を測定することが可能です。例えば、体温、脈拍数、血中酸素飽和度、歩数、心電図、睡眠時間や睡眠時の体動データなどが収集可能です。
 これらモバイルヘルス活用をはじめとしたデジタルヘルスは、我々の日常生活圏におけるデータを常時収集することから、インビジブルメディシン(目に見えない医療)とも呼ばれています。このような技術により、我々はわざわざ病院に行かなくとも、遠隔診療や遠隔モニタリングを受けることで、いつでもどこでも医療にアクセスすることが可能となり、自分の生活圏を中心として、医療をユビキタス化をすることができるようになります。
 医療をユビキタス化することができれば、私たちは通院コストの削減や個別データ収集など精密な医療による診療効率の向上、そして予防医療といったメリットを享受することができます。

  •   【図:IoMTやウェアラブルデバイスで収集した日常情報によるデジタルバイオマーカーの探索】

メタバースの医療への応用

 メタバースとは、コンピューターやネットワークの中に構築された、3次元の仮想空間やそのサービスを指します。このメタバースが今、医療の領域にも使われようとしています。
 例えば、私の所属する順天堂大学は、2022年4月に日本IBM株式会社と順天堂医院のメタバース「順天堂バーチャルホスピタル」の設立を発表しています。メタバース空間では、現実と近いコミュニケーションを行える可能性があります。例えば、メタバース空間にいる自分のアバター※9を通じて、担当医師に病状の説明を受けることができます。ほかにも、自分のアバターを併用してリハビリテーションに利用することも検討されています。この場合、テレビ電話と何が違うのかと考える方もいると思いますが、メタバース空間ではVR(仮想現実)やAR(拡張現実)などの技術を利用することで、その場に自分がいるようなリアルな感覚を得ることができる点が大きく異なります。また、病院側は、例えば院内の診察室やオフィスをメタバース空間に移すことで、病院内の空いたスペースに手術室や処置室を多く配置し、収益率の高い病院構造を構築できるといったメリットがあります。
 ほかにも、これまでには実現できなかった患者交流の場としての活用も期待されます。例えば、癌や患者数が極めて少ない病気の患者さんの交流による多面的な情報収集やソーシャルキャピタル※10の醸成に貢献できる可能性があります。メタバース空間ではアバターとして交流するため、これまで対面では相談することに気が引けるような内容でも、メタバース空間上では少し大胆に共有できるかもしれません。
 また、メタバースは教育支援にも有用です。COVID-19により医学生の対面実習の機会が減っています。しかし、メタバース空間やVR技術を応用することで、例えば採血などの手技や手術の練習をリスクなく行うことができます。
 このように、メタバースはヘルスケア領域でも応用が模索されています。メタバースにより、患者や家族、医療者、医療機関がネットワークでつながり、医療のユビキタス化に貢献するものと考えられます。そして、デジタルヘルスは今まで以上に我々の日常生活圏において身近なものになろうとしています。
 デジタルヘルスやメタバースなどの技術は、我々の生活にリアルとバーチャルの融合を起こし、私たちの医療をさらに効果的で効率的にしてくれる可能性があります。

※1 IoMT: Internet of Medical Thingsの略で、医療機器とヘルスケアのITシステムをオンラインのコンピューターネットワークを通じてつなぐという概念。
※2 メタバース:インターネットを介して利用する仮想空間のこと。
※3 PLC:主に製造業の装置などの制御に使われるコントローラーのこと。
※4 超高齢化社会:高齢社会が進行し、65歳以上の高齢者の割合が「人口の21%」を超えた社会のこと。
※5 ユビキタス:ICT用語としては、コンピューターやネットワークが身の回りに遍在し、使いたい時に場所を選ばずに利用できることを表す。
※6 チャットボット:自動的に会話を行うプログラム。
※7 ウェアラブルデバイス:手首や腕、頭などに装着するコンピューターデバイス。
※8 デジタルバイオマーカー:スマホなどのデジタル機器から得られる生体データを収集して、病気の有無や治療による変化を客観的に可視化する指標。
※9 アバター:インターネット上で自分の分身として使われるキャラクターのこと。
※10 ソーシャルキャピタル:人々の協調行動を活発にすることによって、社会の効率性を高めることのできる、「信頼」「規範」「ネットワーク」といった社会組織の特徴。

猪俣 武範氏

順天堂大学医学部眼科学講座・同デジタル医療講座 准教授、同AIインキュベーションファーム 副センター長。2006年順天堂大学医学部医学科卒業。2012年からハーバード大学医学部眼科スケペンス眼研究所へ留学。留学中にはボストン大学経営学部Questrom Schoolof BusinessでMBA取得。著書に『目標を次々に達成する人の最強の勉強法』(ディスカヴァー)など。大学発ベンチャー企業(InnoJin株式会社)を設立、医療およびヘルスケアに関するアプリ開発などをスタートしている。

PDF版はこちら

関連記事

企業ICT導入事例

PAGE TOP