ICTコラム

未来社会像「Society5.0」時代の医療

高齢化が進み「人生100年時代」と言われる中、ビッグデータやAI(人工知能)、ICTなど最新のデジタル技術を駆使した「デジタルヘルス」による質の高い医療が注目されています。
第1回の今回は、デジタルヘルスを理解するために、まずは医療のデジタル化の現状とその背景としてある「Society5.0」時代の医療について解説します。

ビッグデータをAIで解析した新しい医療の形

 医療やヘルスケアの分野でデジタル技術を活用した「デジタルへルス」が近年、注目を集めています。このデジタルヘルスは、なぜ注目されているのでしょうか。デジタルヘルスを推進することのメリットを理解していただくためにも、まずはその背景を確認していきましょう。
 内閣府は、2018年に策定した第5期科学技術基本計画の中で、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の未来社会像「Society5.0」を提唱しています。このSociety 5.0で実現する社会では、現実空間からIoT (Internet of Things:身の回りのさまざまなモノがインターネットにつながって相互通信すること)や計測機器を通じてすべての人とモノがつながり、あらゆる情報がビッグデータとして集積されます。そして、収集したビッグデータをAIによって解析し、現実空間にフィードバックすることで、これまでにはなかった新たな価値が産業や社会にもたらされると言われています。
 医療も同様で、IoMT (Internet of Medical Things:医療におけるIoTのこと)や計測機器を通じて、一人ひとりの症状や生体情報、生活習慣などのリアルタイムに集められたデータ、電子カルテなどの医療情報、生活環境などの情報といったさまざまなデータをビッグデータとして収集します。そして、AI 解析することにより、新たな価値がもたらされます(図参照)。「予防」「個別化」「予測」「参加型」医療からなるP4 医療※1は、その最たるものです。Society5.0で実現する医療では、医療施設を中心に行われる従来型の医療ではなく、日常生活圏において患者さんや市民を中心に、生涯にわたった予見的な医療が行われると考えられています。
 

  • (出典:猪俣武範 . Society5.0 時代の医療 . Journal of Internet of Medical Things. 2021;4(1):4-7.より作成)
     IoMTなどから収集されるビッグデータを基にAIなどで解析・問題解決すること(データ駆動型アプローチ)で、新たな価値(P4医療など)を社会にもたらす

 多くの分野で言われているように、医療分野でも、ビッグデータは価値ある新しい資源と考えられています。ところが、ビッグデータは「多量」「種類・形式が多様」「発生・更新速度が迅速」という特徴を持っていて管理や分析が困難なため、これまでは医療や健康分野ではあまり活用されてきませんでした。しかし、近年のICTの進歩によりコンピューター性能が飛躍的に向上し、AIによる分析手法が登場したことに伴って、医療・健康分野においても活用されるようになってきました。そして、医療の質の向上や効率化だけでなく、研究開発などのイノベーションにも貢献するものとして期待されています。

個々に最適化された医療を提供する時代に

 これまでの医療におけるビッグデータは、カルテに記録された診療情報などを電子化して蓄積したデータや、ある病気にかかった集団を対象にした調査結果のデータなどが中心で、集団から得られた見方を個人に当てはめる、画一的な医療に利用されてきました。しかし現在、ゲノム・オミクス情報※2や、モバイルヘルス※3やウェアラブル機器※4などのIoMTから収集された、より個人的な情報を蓄積する「新しい医療ビッグデータ」へと大きく変化しようとしています。これによって、個人に関する多様かつ膨大なデータを取得して、パターンを網羅的に調べることにより、治療の個別化を目指すP4医療が可能になりつつあります。
 そもそも病気であるか否かの境界は明確でなく、その原因や症状なども多様です。例えば、最も多い眼疾患の一つであるドライアイの場合は、湿度・花粉・PM2.5など環境の因子、食事・喫煙・運動・コンタクトレンズの装用などの生活習慣、加齢・性別・遺伝・家族歴といった個人的な因子が複合的に関連して発症や経過に影響を及ぼします。そして症状は、目の疲れや乾き、視力の低下、まぶしさを感じるなど多岐にわたります。しかし、これまでの医療では、患者さんの多様な症状や発症の原因に対して画一的な治療にとどまっていました。こうした課題を解決するためには、患者さん一人ひとりの症状や生活習慣などに関する情報を包括的に収集・分析して、最適化した対策の提案が必要なのです。
 さらに近年では、「新しい医療ビッグデータ」への転換のほかに、病気の多様な症状などに対応するため、「データ駆動型」の生命科学が登場してきています。データ駆動型とは、簡単に言えば、ビッグデータを分析・可視化して問題解決に結びつけることです。これまで、分子、細胞、組織、個体といった階層ごとに専門分野が分かれていたものが、ビッグデータを基に階層を横断して分析・理解することが可能になり、病気の原因となる遺伝子の探究や、新規バイオマーカー※5の創出、創薬※6など、私たちの健康に役立つ分野での研究・開発が活発になってきています。

Society5.0時代の医療の可能性

 デジタルヘルスが注目を集めている状況には、これまで見てきたような背景があります。膨大な情報の収集・分析はデジタルの得意分野であり、近年のコンピューター性能や情報通信技術の飛躍的向上や新たな分析方法の登場により、P4医療のような医療や研究開発に新たな可能性が拓けたのです。
 このようなSociety5.0時代の医療でもたらされる新たな価値のさらなる進化を目指すためには、医療従事者の努力だけでは限界があります。そのためにも、産学官民すべての力を集結して研究開発のための仕組みづくりを進めるとともに、国民一人ひとりがSociety5.0時代の新しい医療システムを理解し、積極的に参画することが重要なのです。

※1 P4医療:患者に起こり得る変化を予測(predictive)し、個々の患者に合わせ(personalized)診断や治療を行い、病気を予防(preventative)し、患者が積極的に参画する(participatory)医療。
※2 ゲノム・オミクス情報:遺伝子情報を基に、生体を構成しているさまざまな分子を網羅的に解析した情報。
※3 モバイルヘルス:スマホやタブレット端末を利用して行う医療や診療サポートのこと。
※4 ウェアラブル機器:手首や腕、頭などに装着するIoT機器やコンピューター。
※5 バイオマーカー:ある疾患の有無や、進行状態を示す目安となる指標(物質など)のこと。
※6 創薬:病気の診断や予防、治療などに役だつ新たな薬を開発・製品化すること。またはその過程のこと。

猪俣 武範氏

順天堂大学医学部眼科学講座・同デジタル医療講座 准教授、同AIインキュベーションファーム 副センター長。2006年順天堂大学医学部医学科卒業。2012年からハーバード大学医学部眼科スケペンス眼研究所へ留学。留学中にはボストン大学経営学部Questrom School of BusinessでMBA取得。著書に『目標を次々に達成する人の最強の勉強法』(ディスカヴァー)などがある。

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