ICTコラム

スマホアプリを利活用したSociety5.0時代の医療の実現

Society5.0で実現する医療では、病院などの医療施設中心の医療ではなく、患者や市民の日常生活の中で得られた健康情報を基に、先を見通した医療が行われます。
第2回の今回は、日常生活の中で行われるスマホアプリを利用したデジタルヘルスによる、これからの医療について解説します。

アプリが処方される新時代の幕明け

 ついにスマホアプリが薬のように処方される時代が到来しました。ニコチン依存症を対象とした治療用アプリ※1が2020年8月に薬事承認※2を取得し、同年12月に保険適用されることが決まりました。つまり、保険診療でスマホアプリの処方が行われるということです。
 このアプリのように、デジタル技術やI o Tなどを活用して病気の予防・診断・治療といった医療行為を支援、または実施するソフトウェアなどを「デジタルセラピューテックス」と言います。その市場規模は2030年には325億米ドル(約4兆円)に達すると予想されています。この市場成長の主な要因としては、新型コロナウイルス感染症拡大による遠隔診療やデジタルヘルスのニーズの増加、世界的なスマホの普及、そして保険適用や規制緩和などが挙げられます。

モバイルヘルスの有用性

 デジタルセラピューテックスの中でも、高機能化するスマホやタブレットなどの携帯端末を利用して行う医療行為や診療サポート行為を、「モバイルヘルス(mHealth)」と言います。モバイルヘルスの利点は、①「頻回※3・継続・遠隔・リアルタイム」に多様なデータが取得できること、②生体センシングデータ※4が取得できること、③双方向性の参加型医療の実践が可能なことであり、個々人から幅広い情報を収集するのに適しています。また、近年医療界では、医療者による客観的な評価だけでなく、患者自身の評価や自覚症状の訴えなどの報告の重要性が認識されるようになりました。そんな中でモバイルヘルスは、個々人の生活習慣などの情報収集に有用な手段としてだけでなく、自覚症状や患者自らの評価を電子的に収集する手段としても注目を集めています。
 以上のように、モバイルヘルスは、医療施設からではなく、日常生活圏から個々人の病気に関する症状や生活習慣などの包括的な情報を得て、医療ビッグデータとして蓄積できる点で画期的です。特に、少子高齢化が急速に進む日本では、モバイルヘルスを活用するなどして、個々人が自身の健康情報を日常的に収集して医療機関に提供することによって、科学的根拠に基づいた健康・医療指導サービスが受けられるように、健康や医療に対する向き合い方を変えていくことが必要です。また、そうすることで、病気の予防や自己管理に対する意識を高めることも可能です。例えば、モバイルヘルスで見える化された疾患リスクをスマホで確認すれば、自らの健康状態をしっかり把握しようとするでしょうし、疾患の予防・未病※5対策に取り組むように意識・行動が改善されていくと考えられるでしょう。

スマホアプリによるドライアイの診断補助

 ここでは、日本で2,000万人、世界で10億人以上が罹患するドライアイに対するスマホアプリの活用例を紹介します。
 デジタル化の進む現代社会では、視覚から得られる情報は質・量ともに日々増大し、視覚の重要性は以前にも増しています。しかし、ドライアイは人生の長期にわたる視覚の質の低下、集中力や生産性の低下を招いており、その経済損失(米国では約38億ドル)が国際的な問題となっています。さらに、高齢化や、ウィズコロナ/アフターコロナで、テレワークなど画面を見る機会が増え、よりデジタル化が進む社会においては、ドライアイの患者さんの増加が予想されています。
 ドライアイの症状は、乾燥感のみならず、眼精疲労や視力低下など多岐にわたります。そのため、ドライアイとは診断されず不定愁訴※6とされ、治療を受けないまま症状に苦しむ患者さんが多く存在することが、これまでの私たちが開発したドライアイ研究用スマホアプリを使ったクラウド型大規模臨床研究から明らかになりました。さらに、ドライアイと診断されたとしても、新型コロナウイルス感染症拡大防止や、仕事・学業のため通院が困難という社会的問題もあります。
 そこで、私もドライアイに対するデジタルセラピューテックスを目的としたスマホアプリの開発をスタートしています。このドライアイ診断補助用スマホアプリが実用化されると、ドライアイと診断されていない人や治療を始められていない人に対する早期診断・早期治療や、医療機関で受診できない人に対しても遠隔診療やオンライン診療が可能になる予定です。

Society5.0時代の医療の可能性

 ウィズコロナ/アフターコロナ社会では、世界中で「患者や市民の生活圏における医療」のニーズは増加すると予想されます。スマホアプリを用いたデジタルセラピューテックスは、継続的に個々人の包括的な健康・生活習慣に関するデータを収集することが可能であるとともに、個々人にとって必要な医療情報が必要な時に提供されるようになります。今後、スマホアプリを用いたデジタルセラピューテックスは、モバイルヘルスを利用したSociety5.0時代におけるヒト中心の医療の実現に大きく寄与すると考えられます。

  • ドライアイ研究用スマホアプリのイメージ。まばたきの回数などをカメラで計測したり、アンケートに回答したりして、データをクラウドに蓄積する

※1 ニコチン依存症を対象とした治療用アプリ:ニコチン依存症治療アプリおよびCOチェッカー「CureApp AC」。呼気一酸化炭素濃度が自宅でも毎日確認できる機能などがついた禁煙治療用のアプリ。
※2 薬事承認:医薬品や医療機器などの製造販売を厚生労働大臣が承認すること。
※3 頻回(ひんかい):間をおかずに何度も行うこと。
※4 生体センシングデータ:体温や鼓動、血圧、心拍など生体から発せられるさまざまな値を数値化したデータのこと。
※5 未病:自覚症状はないが検査で異常がある状態や、その逆で自覚症状はあるが検査では異常がない状態。
※6 不定愁訴:頭痛や倦怠感など、さまざまな自覚症状はあるものの、検査をしても原因となる病気が分からない状態にあること。

猪俣 武範氏

順天堂大学医学部眼科学講座・同デジタル医療講座 准教授、同AIインキュベーションファーム 副センター長。2006年順天堂大学医学部医学科卒業。2012年からハーバード大学医学部眼科スケペンス眼研究所へ留学。留学中にはボストン大学経営学部Questrom Schoolof BusinessでMBA取得。著書に『目標を次々に達成する人の最強の勉強法』(ディスカヴァー)など。大学発ベンチャー企業(InnoJin株式会社)を設立、医療およびヘルスケアに関するアプリ開発などをスタートしている。

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